書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

仕事の価値観を更新

結婚したこととオーストラリアへの移住をきっかけに、私は仕事を辞めた。
高校のアルバイトから数えると、お金を稼ぐという行為は約二十年続けていたことだった。

それを辞めた時、私は屈辱感のような、悔しさのような、敗北感のような…。
なんとも言えない複雑な気持ちがずっと残ったままだった。

しばらくは「仕事がなくなったのは環境のせい、旦那のせい」「なぜ、女性だけが犠牲にならなくてはならないのか」と恨んでいたものだ。

でも、仕事をしない生活を続けているうちに、余裕が生まれ「なんでこんな気持ちがあったのだろう…?」と疑問に思うようになった。
生活が落ち着いた今は、少し好奇心に似た疑問だった。

この問いかけから数日経つと、急に仕事という言葉の奥にある、とある価値観がフワッと浮かび上がってきた。

それは、あまりにも当たり前過ぎて、あまりにも大前提になり過ぎて、溶け込み過ぎていた概念だった。

小さな私は、両親という人間関係の日常の中で、ある価値観を私の細胞に溶け込ませていた。

それは、
お金を稼ぐ人=善、お金を稼がない人=悪という価値観。

それは日常の何気ない会話や態度から汲み取っていた。

「誰がお金を稼いでると思っているんだ」と口癖のように言う父親。
小さな私は、その姿からお金を稼ぐ人が一番になれ、強くなれるのだと無意識に学んでいた。

お金を申し訳なさそうに受け取る母親。
そして、お金を稼げない私は弱い人間だと信じ込んでいる母親の姿。
小さな私は、その姿から、弱者にならないために、お金を稼ぐことは必要だと無意識に学んでいた。

そんな恐怖を避ける理由から、仕事はずっとしていなきゃいけないと続けていたことに気がついた。

私はずっと、小さな私が抱いた仕事とお金の価値観に縛られいて、それによって敗北感や屈辱感を味わっていたと分かった。

私は、小さな私に尋ねた。
「この仕事とお金の価値観はまだ必要?」

答えは明白だった。

私はそっとイメージの中で、その概念を外してみた。

すると、今の私にふさわしい、新たな価値観が待ってくれていた。

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