読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

ありのまま

『ありのままのわたし』

こんな言葉に二十代ぐらいの頃からぼんやりと憧れていたような感じがする。
でも、このありのままってなんなのだろうとふと思った。

はじめにわたしがありのままをイメージしたのは「赤ちゃん」だった。
泣きたい時に泣き、笑いたい時に笑ったり。
その場の情動を、その場で表現するような…そんな感じ。

でも、今はちょっとそれも違うなぁと思う。
これは単に「そのままの状態」というような。

ありのまま。
なんだかよさそうだなぁ、でもなんだろうという探究心が芽生えた。

そのヒントになったのが、先日、とあるお話会の中の会話だった。

例えば、
ある状況を見て、腹を立てて、それをその場で怒りをぶちまけたり、痛烈に否定するという選択もOK。
腹は立てているのだけれども、その場では黙っているという選択もOK。
腹を立てていたのにその場で何も言えずに、あとで不甲斐なく感じ自分を否定しようとするわたしもOK。
あとになって悔しく感じて、その状況やその人を恨むわたしもOK。
そうは言っても、頭では分かるけど、心の底ではその人を認めたくないわたしもOK。

そこには、いわゆる「悪」と呼ばれるような、汚かったり、冷たかったり、社会的に排除されるような自分があったとしても、否定したり、遠ざけたり、なかったことにしたりすることのない状態が保たれている感覚。
「ただ、それがそうある」というような目線の感覚。

自分の内なるスペースでは、何を感じても自由なのだ。

こう書き出してみると、まるで切り離してたわたしに居場所を与えているような、そんな深い深い受容と安堵感を覚えた。

★いつもご訪問ありがとうございます。応援して下さる方は下のバナーをクリックお願いします。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ こころの風景へ