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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

【4/28】小さな私と今の私との対話記録

ここしばらく、隣の家からの負のエネルギーで心がざわざわしている自分がいる。

シングルマザーだと思われる女性の怒鳴り声。
激しく泣きわめき、抵抗している子供の叫び声。
怒りでモノにあたっているかのような音。
夜中まで続く男女の喧嘩の声。
怒りでドアをバタンと閉める大きな音。

これらの音は、胸がギュッと締め付けられるような、そして緊張が走るような、そんな感覚に陥っていた。

久しぶりに小さな私と対話してみた。

★感情レベル…8(慢性的に続く緊張感)

ーこの音を聞いて何を感じているの?
もちろん、昔のことを思い出すの。
忘れたいのに忘れられない感じがするし、怖くて震える。

ー具体的にどんな場面?
夜中まで続く両親の罵り合う声。
お皿が辺り一面に割れる音。
夜中まで鳴り止まない掃除機の音。
テレビの大音量。
ハサミでズタズタに切り刻んだ服。
いつも不機嫌な顔をしている母親。
首吊りをしようとする母親の姿。

怒声、罵声、罵倒、憎しみ、恨み。

私の家庭という空間はそんな空気でいつも充満していた。

当然ながら、そこに私の居場所はあるはずはなかった。
私はただずっとその隣の子供のように、泣き続けていた。
聞こえないように体を丸め、体育座りをして俯き耳を塞いでいる私…。
ある時は「もうやめて!」と必死で泣き叫んでいた私の姿。
私はもしかしたら、そうやってずっとずっと抵抗していたのかもしれないと思う。

ーそうやって泣きながら抵抗することで、何を得ようとしていたと思う?
私の居場所を見つけたかった。
私の安心できる場所を見つけたかった。
だから体を丸めてギュッとしていた。

ーその「居場所」がしっかりとあるとしたら、私はどうなると思う?
笑顔になれる。
泣いても慰めになる。
怒っても最後は笑える。
正のパワーが充電される。
それは、私の力になってくれる。
何があっても大丈夫になる。
私はそんな安心、安全な場所を作りたいの。

ー安心、安全な場所が欲しかったんだね。
具体的にはどんなところが安心、安全だと思う?
静かに眠れる場所。
ご飯を安心して食べられる場所。
清潔で整った空間。
優しく笑顔で接することができる人がいる。
私のリソースと心を利用する大人がいない純粋な場所。
あらゆる喜怒哀楽を表現していい空間と時間がある。
私自身を尊重し、相手も尊重できる場所。
そんな場所のこと。

ーそれがしっかりと整ってたら、どうなると思う?
緊張しないで、取り繕ったり、そのままでいることを自分に許可することができる。

ーそうなると、どんないいことがあるかな?
裏表がなく、楽に生きられる。
相手中心の仮面を被る必要がなくなるから、心が楽になる。

ーそうか、それはいいね。
うん、今までは緊張ばかりする大人が側にいたから、その人専用の仮面を作るようになったの。
でもね、そのうち、仮面が増えすぎてね、もう素顔の私は限界なの。
だから、全部壊してしまいたいの。
素顔のままで接することができる人が、私はいいの。

ーそうか、じゃあ要らない仮面は壊そうか。
うん。

両親向け、先生向け、上司向け、年上の男性向け、学生向け、表面的な人間関係向け、仕事向けの仮面…。
そっと目を閉じ、イメージの中でこれらを外し、叩き壊した。
すると仮面の裏で隠れていた素顔の私が、まるで息を吹き返しているような清々しさがやってきた。

★対話後の感情レベル…6
★対話後の気づき
対話を繰り返していると、同じような道を辿ることがある。
それもきっと、新たな癒しと気づきをもたらしてくれる声として受け止めている。

隣の子供の声を嫌がらずにしばらく聞きながら、子供なりに不快からどうやって逃れるのかを自分なりに考えた結果として、怒りがあり、泣いたりすることだったのだということが深い所で理解できた。
そのもともとの怒りや悲しみのエネルギー自体は健全であり、ただ単純に表現方法を学んでこなかっただけでうまくいかなかったんだということも理解できる。

表現方法を学ぶひとつの手がかりは「本当はどうしたかったの?」と、まるで自分が自分の親となり、小さな自分に問いかける繰り返しの問答から得られたことが、きっと健全なコミュニケーションに繋がることだろう。

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