書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

断捨離の極み

物の断捨離から始まり、環境、文化、人間関係へと進めていくと、どうやら身体の断捨離も始まってきたようだ。

昨年から私は手術の可能性があることを知らされた。
「手術」という単語を聞くと、過去の痛みへの恐怖にすっかり覆われてしまい、ズルズルとそれを先送りにしていた。
なんで先送りにしているのだろう、なんでだろう?問いかけてみると、体育座りになった小さな私が私の方を見てこう答えた。

「もう二度と、身体を傷つけたくない、痛いのは嫌なの!」

痛みにとても敏感な小さな私がずっとそれに抵抗し、それをとても恐れていた気持ちがあり、それに今の私が巻き込まれていたんだ。
この過去の恐怖に襲われると、今でも涙が出るし、怖気付いてしまう。
そのぐらい小さな私は怖い思いをしたのだろうと思うと、思い切り私の腕の中で泣かせてあげたくなった。

しばらく感情を吐き出させたあと、この恐怖はなんなんだろうね?と問いかけてみると「死に対する恐怖」だという答えだった。
それは過去に自分が自分を殺したことへの死への恐怖。

手術と聞き、私は実のところ手術そのものが怖いわけではなかった。
それよりも本当は「古い自分の死」を恐れていたことが分かった…。

さらに本当に死んでしまうの?と問いかけた。
すると「それは違う」という答えだった。
古い自分を脱ぎ捨てて、新しく再生するための儀式なのだと教えてくれた…。
ちゃんと小さな私は真実を分かっていた。

新しいものを迎えるために、向き合おう。
新しいものを迎えるために、勇気を出そう。
新しいものを迎えるために、私が決断しよう。