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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

【3/14】小さな私と今の私との対話記録

無感覚・無感情のモノクロの世界から、鮮やかさがひとつひとつ確実に戻ってきているカラーの世界は特別な喜びへと変わる。

★場面
あるカウンセリングを受けたとき、とても不快な気持ちになった。

★感情レベル(怒り)…8

ーなんで怒っちゃったの?
カウンセリングが終わってからね、しばらく経つと、すごくムカついた。
高いお金を払ったのにね、全然、私の話を真剣に聴いてくれなかったよ。
すごく表面的なおしゃべりみたいな感じがしてこんなの私でもできるって思った。
だからね、この人は、あの時、私をお客だと思ってなく、軽んじられた気がした。
少し私に質問したと思ったら、自分の頭の中にある知識で無理やりこじつけられて、押し付けられて言いくるめられた感じがした。
3時間、8割方、相手が一方的にしゃべりっぱなしで私の心を無視してる感じがした。
本来、相手の話を聴くのが商売の人なのに、自分のガス抜きのために自分の話ばっかりしてたよ。
井戸端会議のおしゃべりにお客さんである私の方が付き合ったって思った。
これで仕事って言うなら、私はすごく不満だった。
あの時、お金も時間も奪われたって悔しかった。
あの時、その人を信頼できなくなった。

ーそうだったんだね。
私もそういう仕事をした人間だったから、プロ意識がない人はいくら周りにほめはやされていたとしても、私は受け入れられない。
私はプロとしてただ丁寧に見て、聴いてくれる人がいるならばお金を払ってもいいと思って試した。
なぜならプロとして真剣に聴いてくれる人がほしかったから。
その期待とは違ってすごくがっかりしたよ。
あの人はきっと、お客さんがたくさんいる人。
だから私は単に一人のクライアントでしかないみたいな扱いに感じた。
何だか大切にされなかった感じがしてすごーく嫌だった。

ーそうか。本当はどうしてほしかった?
お金と時間を使ってお客さんが訪ねたってことはそこに価値があるかもと思って勇気を出して自分の命を使ったことなんだよ。
その時間とお金の決心に真剣に向き合ってほしかった。
お金を頂くということはプロであると思うけど、その相手のニーズを汲み取ろうと努力してほしかったよ。
あの日、あの人からは「まぁ、こんなんでいいでしょ」という甘さと甘えを感じた。
私はプロであるならば、もっとひとりひとりを大切に扱ってほしかった。
きちんと唯一無二の存在として扱うように聴いてほしかったよ。

ーそうだったんだね。この体験を通してどう思った?
これから不快な思いをした時は、嫌われることを怖がらず、きちんと「私はきちんと話を聞いてもらうために来たのに、聞いてくれないのは不快です」と表現しようって思った。
それも自尊心を養う上で大切なことだったって学んだよ。

あとね、この人はよさそうかなって思って、実際に自分で体験してみたけれど、お客さんは思っている以上に鋭く見ている。
それが小さくても大きくてもビジネスとしてお金を頂くのであれば、しっかりと自分の根っこを張って、覚悟を決めないといけない。
これはビジネスに限らずね、これから何か行動するときに、人に流されてとか、衝動的にじゃなくてね、それは自分の軸で心からやってみたいって感覚をしっかりと自分に問いかけて、よく吟味して、根っこがしっかりとした感覚が実感してからやろうって思うようになった。
心から愛するものでないとダメだなって思う。

ー今はその出来事をどう思う?
その人もきっと忙しくしてて、自分を置き去りにしてたんだと思うよ。
私もいつも自分を置き去りにしすぎて、相手の話を聴きすぎてふとした拍子に怒りが出ちゃう。
日本には自分を置き去りにしてる人があまりにも多すぎるから気づきづらいんだと思う。
だからこそ、自分の心は自分で面倒見るのはすごく大切だって分かった。
特にね、人の心を扱う仕事をする人は特に、自分の心のメンテナンスは不可欠だと思う。
それも仕事のうちだって思うの。
だってね、それが相手にそのまま伝わっちゃうから。

ーそうか、なるほどね。
だからね、ちゃんと自分の心と体を優しく丁寧に話しかけてね、自分の面倒をいつでも見れる習慣をつけてね。

ーうん、分かったよ。アドバイスありがとう。
おねーちゃんはちゃんとそれができる人だよ。
だから今はね、カウンセリングを受けなくても、もうひとりでできる人だよ。

ーうん、自信が出てきた。
大丈夫だよ。
おねーちゃんはきちんと心で聴ける人だよ。
☺︎☺︎☺︎

★対話後の感情レベル…4
★今の感覚…冷静
★気づき
前からモヤモヤしていた出来事だったが、やはり元を辿ると自尊心が傷つくことに反応するようになってきたのだと思う。
特に今は、相手の言動に対して不快であることを感じてはならないと強く抑え込んでいたことに気づき、それを溜め込まずに吐き出す糸口を求めていたことに気づいた。
昔から自尊心が傷つく状況があっても、その場で反応したり言い返すという発想すらなくて、時間が経過してからイライラ、モヤモヤすることがとても多かった。
でも以前はそれが何なのかすらも気づかずにいた。
それは、ずっと自分の存在を消し続けていて、他者に同化しようしたり、合わせようとばかりしていたので反応が鈍っていたのだが、少しずつ自尊心の根っこが張られていることの証明として怒りというサインが出るようになったんだと思う。
これはとても良い兆候であると思う。
まだ反応は鈍くはあるが、根気よく問いかけて、丁寧に自分に向けて質問していくことが大切だと思った。
そして次のステップは「私はこうしたい」「私は嬉しい」「私はこうされると嫌」などと、適切に「私は…」という表現で、正直に自己表現することが抑えることなく、自尊心を育てることになるのだと思った。

また、特に日本という土壌に育った人は自分を置き去りにしてしまってることに気づけないぐらい優しく相手の心を敏感に感じ取る人が多いなぁと思う。
逆に今住んでいるオーストラリアでは自分をしっかりと持ち、個人の意見を冷静に表現できる空気が感じられるので、この土地で学ぶことも多いなぁと思った。

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