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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

【3/13】小さな私と今の私の対話記録

小さな私との対話記録

『清濁混合の満月』
色んな経験を通して、清濁併せ呑む度量を養いたい。

★場面
『小学校の頃、家で首吊り自殺をしようとした母親のシーン』
『大学の頃、母親がリストカットして、フローリングが血の海になっていたシーン』

★感情レベル(悲しみ)…10

ーこのシーンを見てどう思ったの?
あの時、私たちは「やめて、やめて!!」ってね、必死で止めようとした。
でも、やめてくれなかった。
あの時、私には何の力もないって思ったの…。
身体も小さかったしね、どうしたらいいのか全然分からなかった。
あの時間はすごくすごく苦しかった。
私は親の何の役に立てないことがとても悔しかった。
大切にしたい人が近くにいるのに、何もできないことはとても辛い。
「親の役に立てない、親の力になれない自分は無力だ」って思うことがあまりにも痛すぎてね、そこで一時停止してたの…(泣いてる)。
いなくなっちゃうのはすごく怖かった。

ーそうだったんだ。知らなかったよ。
間近で親が死のうとする姿を見たら、そうなっちゃうよ。
だから痛くてずっと胸の中にしまっておいた。
もう二度とこんな思いをしたくないから、私の心にずっとしまっておいたの。
こんなことは他の人には言えないし、言っても周りの気分を害するだけだし、いいことはないって思ったから。
でも誰にも吐き出せないことがとても苦しかった…。

ーそうか、優しいね。
ありがとう。
うん、もう私は誰のことも悲しませたくないよ。
ただみんなで幸せになりたかったんだよ。

ーそうだったんだね。みんなに幸せになってほしかったんだね。
うん、笑顔でいてほしかった。
みんな仲良くしていたかった。
誰が上とか下とかじゃなくてね、誰も犠牲にならずにね、みんながひとり残らずに楽しんでハッピーでいてほしいかった。

ーそうなるにはどうすればいいと思う?
何度も言ってるけどね、私が小さな私の気持ちをたくさん聴いてあげることだよ。
こんなひとつひとつの出来事を分かち合いたかった。
こんなにも心が痛かったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも、全部全部、丁寧に聴いてあげることが何よりも一番嬉しいことなんだよ。
そしてね、何をしたかったか、どうしたかったのか、どうすれば小さな私が喜ぶことなのかもたくさん質問してあげてね、思う存分聴いてあげること。
あとはね、身体をよく触ってあげてね冷たいところがないか見てあげて、お腹がすけば、何が食べたい?って聴いてから欲しいものを食べて、いつでも優しく抱きしめてあげて、心も体も喜ばせてあげるんだよ。
これが自分を愛するってことなんだよ。
たったそれだけで私は満足できるの。

一見、簡単な事かもしれないけど、毎日それをするのはとても難しいことなの。
だから、毎日、話かけてね。

ーそうだったんだね。分かったよ。
おねーちゃんと毎日こうして会える時間を楽しみにしてるよ。
大好き。

ーおねーちゃんも大好きだよ。
このこと、おねーちゃんと話せて本当によかった。
気持ちが軽くなったよ!!
ありがとう!☺︎☺︎☺︎

ーところで、今、もう一度同じシーンを思い出したら、どう思う?
あの時は私たちのせいじゃなくてね、夫婦の問題だったんだって分かる。
オンマが一人で子供の面倒を見てるのに認めてもらえなくて、死にたいぐらい苦しいってことを言いたくて、でも父親がそれを分かってくれなくて、そうしたんじゃないかなって思うんだ。
オンマはあのとき、一人で四人の面倒を見て頑張っていたからね、我慢しすぎてね、気持ちのやり場がなかったんだと思う。

ーきっとそうだね。
うん、だから仕方なかったんだよ。
我慢強い人だったから。

ーそういうことだったんだね。
うん、きっとそうだよ。

ー教えてくれてありがとう。また、いつでも話したいときに、話したいことを話してね。
ありがとう。おねーちゃん大好き。

★対話後の感情レベル…5

★気づき
今の小さな私は小学校低学年3年生ぐらいのイメージがなんとなく浮かび上がってきた。
とても物静かでおしとやかで女の子らしくてかわいらしいイメージの私だった。

子供の頃にとっての親とは、自分の生命を維持するために必要不可欠な存在。

その親が苦しんでいたり、ましてや死のうとするショッキングなシーンは、それはそのまま子供にとっての苦しみそのものであり、死だと認識してしまい、その恐怖の瞬間のシーンを心で止めて、生き続けていたのだと思う。
そんな恐怖をずっと抱えていたこと、書きながら涙で洗い流されている実感が湧いた。

そして、それらが洗い流されると、過去の親の出来事を自分のものとして勘違いして捉えていた小さな私から、実はそれは親の問題だったということをハッキリと認識し、客観視できているように思えた。

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