書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

古く固まり続けていたエネルギー

昔の父…確か小学校の時は優しかった記憶があったが、私が成人し家を出てからは、段々と父親からは辛く当たられたり、嫌われているような感じがしてきた。
年に一度帰れば、妹家族や外からの人ばかりを優先し、私の順番はいつまで経っても回って来なかった。
そんな扱いをされるたびに、私は取るに足らない存在のようで、悔しい想いで心は充満していた。

今、距離を置いて見ているうちに私と両親の関係で気がついたことがあった。

それは、私はまるで父親が上であることを証明するかのために存在している「下の存在」「劣った存在」「無能な存在」のようだった。
会うたびにいつもバカにされたり、怒鳴られたり、蔑まれるためにいるような感じがしていつも悔しかった。
中国で働くことを決めた私が年に一度帰れば、いつも中国とそこに住む私を見下すような言動をわざとして傷ついていた。
父は私がどんな仕事をしているかすら関心を寄せることは一度もなかった。

そして母親にとっての私は愚痴のゴミ箱のようだった。
夫婦の仲が悪くなるたびに、取り持ってもらおうというような発言ばかりして利用されてきた。

そんな両親と接しているととても息苦しかった。
取るに足らない価値のない存在のように感じてとても息苦しかった。

よく考えてみれば、私と両親の立場はまるで逆転しているようだった。
両親は名ばかりで中身は幼稚な子供。
そして、私は子供というのは名ばかりの大人の役割を押し付けられてきた…。

実家に帰ると、私の口から必ず飛び出すのは「別にいいよ」というこの言葉だった。
こう言わないと辛くてやってられなかったからだ。
食事も大人数で集まればお金がかかるからと、独身だった私は遠回しに来るなというそぶりをされた。
でも本心は、年に一度の食事さえもお金がもったいないと扱われるそんな邪魔な存在なのかと思ってとても悲しかった。
そんな痛みを感じたくなくて「別にいいよ。行かない」と先に断るようになっていったのだ。

20代の頃、親にお年玉を僅かしかあげられないことを心苦しく感じていた。
それでもそれなりに自分で稼いだお金は私にとって意味のあるものだったが、母親はあっさりとパチンコや買い物に使ったりと、まるでなんでもないゴミのように扱われたことが悔しかった。
書いた手紙もそこらへんにポンとゴミのように捨てられたこともとても悲しかった。

両親は、金銭的な利益をもたらさない人をまるでゴミのように扱った。
「小さな私」はその不当な扱いにいつも悲しみそして悔しく思い、それが怒りの爆発源だった。

そんな対応をする両親と接するたびに、私は何の価値もないような感じがした。
そんな場所は何だか居場所がないような感じがして、いたたまれず一週間も経たず海外へ戻った。

そんな実家の居心地はいい訳がなかった。
私にとっての実家とは、皮肉なことに「私には居場所がない」ということを再確認させられるかのような場所だった。

そして父親が私に電話してくる時というのは決まっていた。
母親の悪口のはけ口か、父親が家出し母親をもう見限ったからお前らでどうにかしろと脅迫し押し付ける時、お金のこと…家を私の名義で買えなどという自分の利益しか考えていない発言をするためだけだった。

こうやって私はいつも親から下に見られたり利用されるためだけに使われていた。
そんな両親は、私自身に対する関心は全くもってなかった。
いや、今も無関心だろう。

私はその事実と向き合うことが、一番心が痛くて悲しくて苦しかった。
そんな両親と接する度に、小さな私の自尊心は踏みにじられ、無視され、ずっと傷ついていた。

それでもけなげな「小さな私」は、ずっとこの両親だけを見て、どうにかして認めてもらおうと必死だった。
でもそんな打っても響かない存在に私の気持ちが分かるはずはなかった。
いつも心無い発言ばかりをして、それでも両親の言いなりになるたびに私はいつも小さな私を傷つけてしまっていた。

私は両親と会うたびに苦しくて仕方なかった。
なぜなら、自分には何の価値もないという無言のメッセージを受け取っていたからだろう。

その度に心は固く硬直し緊張で固くなってしまっていたエネルギーがこの身体に残り続けていた。

そして小さな私は私に向けて口を開いてくれた。

『もう私を傷つける人とは距離を置いて、もっと私が喜ぶことをしてほしいよ』

私の自尊心を傷つける人とはたとえ親だろうが距離を取ってもいい。
そうそっと自分に許可をした。

私はずっと自分という存在が見えずに、目の前にいた両親からの承認をもらおうと必死になり不毛な努力をし続けていた。

私は子供らしく無邪気に過ごしたことがなかったんだ。
それがずっと心残りで辛かったんだと思う。

私は心の中でこう許可した。
もうこの両親の子供、長女…いや、大人の役割をもう放棄してもいいよと言ってあげた。

そして今からは、やっと探し当てた小さな私というこの存在だけを見て、この子が心から喜ぶことをひとつひとつ丁寧に探し、私の喜びのためだけに時間をしっかりと費やしたい。

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