書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

過去への感謝と、未来への決意

このブログを始めてそろそろ約一年が経とうとしていて、気がついたことがあります。

それは、たびたび会話をしてきた「小さな私」の顔を出す機会が最近、減ってきたような気がすることです。

これからもこの作業に終わりはないと思ってはいますが、なんとなく「小さな私」との会話がひと段落つき、少しずつ彼女が成長してきているのかもしれないなぁと思っています。

この一年間、家族、仕事、友達、慣れ親しんだ土地…なにもかもから一旦離れると、初めはなにもすることがない心地悪さで耐えられないと感じました。
まるでぽっかりと心に穴が空いてしまったような虚しさはとても心地悪く、そのうち「私はなんの役にも立たない人間だ」という想いが顔を出し、自分いじめをしたりしていました。
心のやり場を見つけられず、時に旦那や周りを恨んだり八つ当たりもしました。
また、誰にも打ち明けられない行き詰まりの中でどうしたらいいのか全く分からず途方に暮れました。

そんな中で私は「書く」という作業をするしかなかったんだと思います。
するとひょっこり現れてきた「小さな私」との会話がいつしか始まるようになりました。

「小さな私」と今の私はいつしか心ゆくまで話し合い、語り合い、怒り合い、泣き合いながらじっと時間を分かち合ってきました。

書いて、書いて、書いて、書いて…38年間の心に溜め続けていたことをとにかく吐き出したかったのだと思います。
とにかく書き出したら止まらない自分がいて、気がつけばこんなにもたくさんの文章が生まれていました。
時に書くだけでは苦しくて困難なこともありました。
そんな時はカウンセリングのプロの手を借りながらどうにかやってこれました。

そして、ときどき今までの文章を見直して見ると、感情の深さから来る言葉に恥ずかしくなったりもします。
それでも、言いたくても言えず呑み込み続けていて心に重たい想いの塊が、書くという作業によって、ようやく静かに流さ出そうとしているようです。

こんなにもたくさんのこと…ポジティブもネガテイブも抱え続けながら生きていたことを初めて直視したような感じもします。
そして、あまりにもたくさんのことをなかったことにしたり、無視したりしていたことも分かりました。
時にその言葉はとてもとげとげしく辛辣だったりして驚いたりもしましたが、それもまた自分が持ってたものだったのだなぁと、文章を見ながら客観視することもできました。

それでも、こうして心ゆくままに書きながら正直になれていることがとても嬉しかったんだと思います。
どんな役割も脱ぎ捨てて心を裸にして正直になれる場所がなんてどこにもなくて、それが自分にはずっと居場所がないと思ってた所以で、それがずっと私を息苦くさせていたんだなと思います。

気がつけばこのブログはなにもかも許されている大切な私の居場所になっていたんだと思います。

また、こうしてブログの中で、どこかでもう一人の私が見てくれているのかも…ということが、書く原動力にもなっていたと思います。

友人でも知り合いでもない顔も知らないどこかにいる一人の私。
限りなく遠くて、でも心はとても近くにいる気がするもう一人の私。
そんな風に私は思っています。

そんなもう一人の私にも「存在してくれて、こうして見てくれてありがとうございます」と言いたいです。
そして、このはてなブログさんが提供してくれているこの静かな空間にもとても感謝しています。

そして、これからもよろしくお願いします。