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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

直接的、間接的な人間関係

私に直接働きかけようとする人と、間接的に働きかける人の違い。

それは、相手を自分と同化させるために、自分の考えを押し付け、相手を征服しようとする生き方を選んだか、それとも、自分と相手お互いにある考えや意見があることを認め、受け入れ、尊重しようとする生き方を選んだかの「違い」だった。

いかなる人間関係においても、その人が一体どちらに属する人なのかをきちんと見極めておくことは自分を守ることにつながると思う。

直接的に何かをしてこようとする人。
それは支配や力のコントロールでしか人を動かせないと信じ込んだ人。
そうやって目の前の人を自分と「同化させる生き方」しか分からずにそれを選び続けた人。

その生き方は、個人それぞれに人生や選択があることを認めることができない。
そして、相手を同化させるため、パワーで直接ねじ伏せようとし、相手の人生に介入することにエネルギーを費やす生き方。
それが絶対的に正しいと強く信じ込み生きてきた人。
さらにいうのならば、そう信じ込まないと生きていけない、苦しさを抱えた人だった。
その周辺の人は決まって居心地が悪くなり、いずれは去っていく。
それをいち早く察知することは長け、今、目の前にいる人たちを逃さまいと、さらに強いコントロールに時間を費やすようになる。

それをさらによく見れば、その人は必ず過去に誰かにそうされた経験がある人だった。
過去にされたことを受け入れ続け、コントロールされ続けながら生きた人なのだろう。


間接的に、さりげなく何かをしてくれる人。
そんな人たちは決まって普段は連絡はしてくることはない。
私から求めた時以外は、基本的には何もしてこない人。
なぜなら、彼女らは自分の人生を精一杯生きることに忙しいからだ。
それでも、私が求めた時には、全力で私の言葉を静かに聴き、寄り添ってくれる。
決して私の選択に口出しすることはなく、黙って聞いて、静かに見守ってくれる人。
私の人生でとても大切な節目やたまに会える時には決まって、そっと時間を分け合ってくれる人。

そんな彼女らは、間違いなく自分という個人の人生をきちんと認めながら生きている人。
私はそんな彼女たちを見ると私は心が柔らかくなる。
私はそんな彼女たちを一緒にいるととても心地よくなる。

私も今までは直接的な人間関係の方法を覚えてきたしそれをずっと捨てきれずにいたが、それはもう私には必要なくなった。

明日は旧正月。
過去の不要になった関係は過去の水に流し、新たな人間関係をいちから作り直すための新たな水を迎え入れよう。

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