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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

寸分の狂いもなく私の人生を分かち合える人とは…

私という存在とその周辺の足跡…。

祖国を離れ日本へ渡り、経済的富裕を得たことによる代償は、家族離散と先祖が自ら命を絶った経緯を知り、もしかしたら私にもその祖先と同じ狂ったように激しい「한(ハン)」という恨みと怒りの血が流れているような気がしたり。
その家族離散という恨みのエネルギーを頼りに、誰も頼ることなく歯を食いしばって生きてきた生き様を見せてくれた両親の元で生まれ、朝鮮という記号を与えられ、東京という土地で私は育ち。
幼い頃に抱えた原因不明の病に苦しみと痛みをすっかり忘れっぱなしのままで生き続け。
両親の耐えきれぬフラストレーションとそれによる言葉や身体的暴力の爆発したエネルギーを20年近く受け続け。
朝鮮学校に通い、大人しくいい子で弱い私を演じ人の顔色を伺うことにすっかり慣れっこになったまま生き続け。
そんな私の心は完全に子供のまま、大人になってしまい。
自分の祖国や民族に対し、過度に幻想と期待を抱き、祖国で偏見の視線を浴びる絶望もいつの間にか通り過ぎ。
日本や韓国でのマイノリティとはどんな空気なのかを知り、私には精神的居場所がどこにもないことを感じながらどうすることもできず悶々と過ごし。
それに絶望しながらも生き続けるしかない苦しみを抱え、自分の目的も生きる意義も分からず、バカみたいに遊び呆け、消費や快楽に逃げ道を求め走り続け、そして疲れて。
よく分からぬ生きづらさに日本を離れ、韓国や中国、オーストラリア…色んな国を彷徨いながら、相変わらず自分は心の傷をズルズル、ダラダラと引きずったまま生き続け。
どうしようもない孤独の迷路の果てに、お酒やタバコに逃げ、仕事という大義名分で依存を紛らわせることも過ぎ去りし日々はまた私を誘惑してきたり。
でも、本当の本当の心の底では、私に残された希望が一体どこにあるのかをずっと探したくて、不器用にもがき続け、外に求め続け。
泣いて泣いて泣いて泣いても見つからない焦燥感に諦めたくても諦めきれずに生き続け。
人の生死に関わるという苦悩と地獄を経験し、目が覚めたり…。

時に仕事の経験の中で、自信という希望も育み。
時に、心響く仲間の温かい一言や想いに勇気を与えられ。
時に心の底から愛する人に抱きしめられ安らぎを与えられ。
そうやってかろうじて生きてた。

けれども…。
もうそんないつ与えられるかも分からぬ外からの肯定や安らぎという希望を待ち続ける人生すらもう必要なくなったようだ。
私にはいつの間にか、心からの欲求を自らに我慢を強いることなく、私のタイミングで、自らを満したいという欲望がどんどんと膨らんでいた。
私の欲するタイミングで、私の欲する感情を、自らを理解しその心をどこまでも、気が済むまで自らの手で満たしたくなった。

こんなにあまりにも複雑過ぎて、
こんなにあまりに誰とも違い過ぎて、
そのどのカテゴリにも当てはまるはずのない私の人生。
それは、もともと他の誰にも分かってもらえるはずもない人生…。

経験した人にしか分からないそれぞれの道。
それを自分以外の誰かに、分かったフリも、共感してもらうことももう既に私には必要なくなっていた。
もともと私の中に存在しているとても深く静かな場所で住む自分は、自分以外の誰にも分かって欲しいだなんてこれっぽっちも思ってなどなかったのだ。
それを自己肯定感もなく、自らに全く価値を見いだせずにいた過ぎ去りし私はずっと、分かってもらえるはずもない対象に分かってもらおうと勝手に期待し続け、苦しみを生み出し、そして心を閉じ続けることを繰り返した。
そんなことにももうエネルギーを費やすことも必要なくなったんだ…。

その裏側には長い間ずっと怖くて隠してた気持ちがそこにあった…。
ずっと認めたくなかった深い傷の存在…。

それは、とても大切だと思い込んでいた国や家族に見捨てられたことへの傷の深さと執念深い「한(ハン)」だった。
その癒えないままの深く深い裏切りの傷は、私が選んだパートナーや家族には理解してほしい、心を理解して欲しいという強いこだわりと過度な執着になってしまっていた…。
私はそんな風に、自分の大切に想い、とても近しい人たちに過度に自分を預けてしまっていたことを認める…。
その重さは、その対象から理解すら得られなかった瞬間、激しい怒りの炎に呑まれ、深い悲しみになり、それはどんどんと大きな傷を増やしてしまい、その痛みがさらなる恐怖を煽り、過度に私自身を怯えさせていた…。

その現実が見えた私の目の前には、その負のエネルギーからくる相手への期待すら自らの手で容赦無く叩き壊す時がやってきた。

私の人生を寸分の狂いもなく全てを分かち合える人…。
それはパートナーでも近しい家族でもなんでもなかった。
それは誰にもその心を預けられなかった。

それは…。
どこをどう探したって、
どこをどう見渡してみたって、
どこにいようが、
誰といようが、
何をしていようが。
私ひとりしかいなかった。
私を寸分の狂いもなく理解してあげられるのは、どうしたって私しかいなかった。
私を寸分の狂いもなくこの傷から私を救えるのは、紛れもなくこの私だけしかいなかった。

昔から、そして今までも私しかいなかった。
そして、これからも私しかいなかった。
その瞬間、瞬間、ずっとずっと…。

いつの間にか私は、長い間抱え続けていた、とてもとても深い痛手を負った心の傷と、そこにダラダラとずっと流れ続けていた血を、人に頼ることなくきちんと自らの目で診れるようになっていた。
さらに、問題のある根っこを見つけ止血し、手当てできるぐらいまで急速に変化していた。

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