書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

天の配剤

この世に天の配剤があるのかどうか、そんなことは私には分かりようもないが。

万物はそれぞれ自然淘汰の中で、とても完璧でとても適した土を選び、そこで根を張り、存在しているような気がする。

己の持っているものを見ようとせず、足りないという心、雑多な心根を養い続けた者は、自ずと何でも揃う雑多な環境を選び、その価値観に沿った住環境や人間関係がそこに存在するようになる。
シンプルな生活を好み、充足の心根を養った者は、自ずとそれに見合った土地や価値観を持った人に惹きつけられ、そこで存在することだろう。
そのどれも、自らの心根にとって心地よい場所を選んでいることには変わりはない。
しかし、その価値観は時間とともに変化し続けるだろうし、それがいつまでも固定されたものとは限らない。
人生を歩みながら少しずつ歪んできた価値観のバランスを取るために、時に「人生の危機」という形で、特別なチャンスを与えられることがある。

それは、もしかすると大きな病かもしれないし、家族離散なのかもしれない。
またそれは、仕事を失うことかもしれない。
そしてそれは時に、人間関係のトラブルなのかもしれない。
自分の人生を振り返ってみても、そんなことが度々訪れたことを思うと、一見、とても不幸に見えることもひっくるめ、天の配剤なのかと思えてくる。

鳥も、植物も、動物も、魚も、虫も、人も。
万物は、そんな自然の摂理に沿い、否応なくその同類の中で生きるようになっている気がする。

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