書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

生命の重み、家庭の重み

ひとつの生命により、周囲の運命がこんなにも巻き込まれることになることを体感しながら今思うこと。

それは、誕生した輝かしい生命の裏にあった真っ暗な闇の側面を嫌と言うほど見せつけられた気分だった。

生命の重さ。
生命の尊さ。
生命の難しさ。
生命の苦しみ。

そして、親という重さ。
親という責任。
親という自覚。
親という重大さ。

目の前の「心は未成熟な子供のまま大人になった親」を通じ、この数週間、もう一人の私が、私自身に何度もこう問いかけてきたようでもあった。

『もしあなたが母親というひとつのロールを得たとして、その代わりにそのひとつの生命のために自分の時間や空間の一切を尽くし、その一切を背負い養い生きていくことになる。あなたはその一切を投げ打ってでも本当にしたいことだと、それは自身の喜びだとイメージができている?』

そんな問いかけに対する答えをずっと迫られていたようでもあった。

家庭を経営し、子供を持つこととは、ひとつの生命を繋ぎ続けていくこと。
そのために、自身のエネルギーを喜んで注ぎたいと思える人は幸せな道を辿り、逆にそれが喜びと感じられなければ不幸の道へと陥ることだろう。

正直なところ、無責任な言葉のようだが、今はなってみたいと分からない。
やって見ないと分からない…。
体験したいのかどうかも分からない。
今はその闇という負の側面ばかりが目につき、尻込みしている自分しか見えてこない。

子供を持たないという勇気も必要だが、子供を持つという覚悟と勇気も同様に必要だった…。

38歳女性、子供を持つということへの微妙なこころの風景…。

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