書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

女性に生まれ、女性性を捉え直し、育て直す

最近、自分が生まれ持つ「女性性」について考えさせられる出来事に直面している。

きっかけは、最近、婦人科系の病があることを知らされた。
もちろん、その病の疑いがあることへのショックや動揺もあった。
他にも私は、過去に今まで二度の流産を経験した。
そして、今は、この病が発症したこと。
また、今、オーストラリアにいることもあり、現地の病院で診てもらっているところなのだが、病院や検査のアポイントメントも基本は1ヶ月先だったりと内心穏やかではない環境だ。
また、38という年齢で、子供を持つにもリミットが刻々と迫っている状況…。
そんな色んなことが複雑に絡み合った状況で、私は一体、何を選択していくことがベストなのかじっと向き合っている…。

実のところ冷静な私がいて、この状況は単なる結果であって、病自体が問題の本質はないと思っている。
その本質はやはり「私の心のあり方」であって、それをもう一度見つめるように促されている気がする。

そうこう考えを巡らせているうちに、私はずっと、女性性について否定的な捉え方をしていたことに気づいた。
いや、否定的にしか捉えられなかった。
それは、母を通して見えてきた女性像だった。
それを書き出すとこんな解釈たちだった。

「女性は弱い立場」
「女性はいつも受け入れるばかりで犠牲になる存在」
「女性はいつも損をしている」
「女性はいつも抑圧されている」
「女性はいつも蔑まれている存在」
「女性はいつも受け身でいる存在」
「女性は犠牲を強いられる存在」
「女性は常に下に見られる存在」
「主婦は男性からお金をもらい、男に媚びて生きている存在」
「女性は常に男の目を気にしている存在」
「女性は男性に媚びて生きる存在」
「女性は女性性を男性から利用される存在」
「女性はキャリアの上でも制限がある」

こんな偏った思いがボロボロと出てきた。
そして、そのモデルは当然ながら母親だった…。

彼女の姿は「犠牲の塊」だった。
そして、犠牲の代償として、家庭には大きな怒りのエネルギーが渦巻いていた。
そのエネルギーが印象に強く残っていて「主婦だけにはなりたくない」という思い込みがどんどんと強くなった。
そして母がしばしば私に「自分で仕事を持ちなさい」という発言をどこかで鵜呑みにしていたところもあったと思う。
そんな幼い頃から長い間見ていた世界から「私は犠牲になりたくない」と思うようになっていた。
その支配への恐れを避けるための行動をするようになっていた。

実際に、私もまた、昨年結婚を決断した。
肯定的に捉えたので結婚に踏み切ったので、それを今も後悔はしていない。
でもどこかで、結婚という人生のイベントを機会に「仕事を捨てた」と解釈していた所もあり、それを心残りとして捉えたところがあった。
私はそれをどこかで「私が犠牲になった」という解釈をしていて、相手のせいにして怒りを潜ませていたことに気がついた。

私はもう一度、きちんと捉えたくて、小さな私に聞いてみたかった。

ー私はなぜ結婚したの?

心から信頼する男性と二人で協力して、人生を歩む道を選びたかった。
彼は、私は初めて流産に直面した時、責任をもって私を支えてくれたその行動に感動して結婚を決断した。
だから私はそれをちゃんと決断したと自覚している。

ーじゃあ、今、子供を持つことについてどう思っている?

正直、まだ自分の女性性をきちんと客観視できていないから、迷っているのだと思う。
年齢だとか過去の流産の経験で焦っている自分もいることも分かる。
けれど、外の出来事は本当は関係ないよ。
自分の心から目を逸らさないで、もっともっとしっかりと自分の心のあり方を観察し続けて。
あなたの問題に真剣に取り組み続けて。
真剣に取り組み続けていけば、きちんと分かってくるはずだよ。
焦らず、一歩一歩、辛抱強く自分の心を直視して。
それが難しければ、カウンセリングをうまく活用してね。

ーじゃぁ、女性性の肯定的な側面はどんなところ?

美しさ。
優美さ。
精神性。
包容力。
共感力。
柔軟さ。
優しさ。
繊細さ。
調和。
直感。
かわいらしさ。
内なる喜び。
分かち合う。
しなやかさ。
男性に家と内なる空間を与える力。
男性に愛されることへの喜び。
生命を生み出し、育む力。
感情・感性・心を感じる力。
内面的な喜びを生む力。
コミュニケーション力。
子供を生むことができる存在。
目には見えないものを捉える力。

こう並べてみると、本当はもともと持っていたものなのに、目に見えるものにばかり囚われていたような気がする…。
また、どれもそれはお金や目に見えるものでは測れない尊いものであり、私がとても大切にしている価値観だった…。
それは、女性性を否定することは、私がとても大切にしている世界・価値観を否定することだった…。
そして、私はずっと男性と比較しようとしていたが、それは全く違っていた。
互いに持ちえない世界があるからこそ、それに惹かれ、出会い、補い合いながら成長するのだと…。

どうやら、次のカウンセリングテーマは女性性になりそうだ…。

あともう一つ、気づいたことがあった。
それは、「小さな私」が少しずつ癒され、育ってきたからこそ、その新しい空間に次に取り組むべき「女性性」についてのテーマが浮上したように思われてならない…。

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