書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

探求心+好奇心→継続=結果

数日前、いつものこの散歩道で、まさかの携帯電話を川に落っことしてしまいました…。

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旦那と会話しながら、いつものように写真を撮ろうとポケットから出すと、まるで映画を見ているようなスローモーションで私の手元からスルリと抜けてしまい、自分でもしばらく呆然としてしまった…。

なんてそそっかしいのかと自分にがっかりもしたり、また、その一方で、旦那がなりふり構わず川に入って探してくれた姿を見て、あぁ、私が困っていることに対して、見返りを求めることなく黙って行動してくれるところに心動かされて結婚したんだなぁということを思い出したり…。

そんなこんなでこの数日、携帯電話なしの生活を体験することになった。

…が、私が想像してたよりもはるかに快適な感じだった。

それは、余計な情報や時間という概念が消去され、束縛やしがらみからより自由になれたと言おうか…。

とにかく解放感でいっぱいだった。

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例えば、何かをするときにはその対象物をよく見るようになった。

掃除機をかけるときはその箇所をよく見て集中し、綺麗になっているかどうか確認する。

歯を磨く時も歯をきちんと観察しながら磨き、口の中がきちんと爽やかになったかも自然と確認するようになっていた。

そうすると、ひとつひとつの行動がより丁寧で、実感が湧き、五感が鋭くなっているようでもあった。 

そして、携帯電話という情報の渦から離れて気がづいたこと。

それは、携帯やテレビは少しずつ私たちの感覚を蝕み、どんどんと依存の道へと引きずりこませるしかけになっているのだ…ということ。

そして、携帯電話と離れて、改めて大切なものがより鮮明に見えてきた。

携帯に撮り溜めていた写真と書き続けていた文章。

特に、文章が書けないこと、その場で写真を撮れないことへのフラストレーションを強く感じた。

それは即ち、私は心の中を文章や写真を使って表現することがとても大好きなのだということを教えてくれた。

他にも大好きな人との連絡先、会話、使い勝手のよいお気に入りのアプリや大好きな写真と動画、文字の大きさや壁紙…。

私のお気に入りの世界観や日常がその携帯という物質にギュッと凝縮されていたのだった。

初めはこれらがなくなったことの失望もあったが、 よく考えてみれば同時に、私にはこの身体、心眼美や手があれば、これからも永遠に作品を創り出せるのだということにも気がつけた。

他にも、普段からじっと私を温かく見守ってくれている大切な存在を再確認できた。

私自身というよりも、旦那と妹の方が、私とすぐに連絡を取れないことへのフラストレーションを感じていることを知り、私を心の拠り所としてくれ、必要としてくれ、心から関心を持ってくれている存在がいてくれたことに心から感謝した。

そんな風にこの数日は、当たり前の世界からしばし抜け出したことで、とても大切なことを噛み締めることができた。

そう思えば、携帯電話を落としたこの出来事にすら感謝したくなった。

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そして私は…。

こんな出来事すらも、ひとつひとつじっと眺め、気づき、学び、そして書き記していくことだろう。

それはもしかしたら、今までも、そして、これからも、何をしてたとしても、どこにいたとしても、この探究心と書くというエネルギーが満ち溢れていたのかもしれない。

そして、好奇心を持って、この小さな私との心の対話をし続け、この子を育てていくことだろう。

この私自身に宿っている心への飽くなき探究心と好奇心が、書くという行動に向かわせ、そしてそれが結果として何かが生まれ続けることだろう。

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今は、その結果が一体何なのかは知る由はないが、ただ、この一筋の光を見出したことには間違いないのだ。