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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

依存したい心、依存されたい心を脱却し「自育力」の道へ

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人はある時期には他人に依存するしかない存在であり、またある時には依存されたいという心を持つ存在でもある。

依存したりされたりする過程もまた成長のひとつ。

けれども「機能不全家族」という土壌で育った人間は、まるで適切なタイミングで光を浴びることのなかった花のように、栄養不足と同時に渇望の心をいつまでも心の中に抱え続け、ひょろひょろと自信のなさそうな花になってしまう。

そんな私も表面的には必死で強がって見せてただけの、心はとても弱々しく自信がなく、依存心と孤独感を抱え続けた「小さな子供」のままだった。

そんな「小さな子供」は時が流れても、形だけが大人に見えるだけで、子供の頃からの渇望する心を胸の奥の奥にしまいこんだまま生き続ける。

その渇望する心を持ち続けていると、世間にあるさまざまな「依存」に向かわせることが見えてくる。

幼い頃、こんな潜在的な闇のエネルギーを抱えた人がこうしてたくさん育てられたからこそ、「依存症」や「共依存」といった名前がつきひとつの形として表れているに過ぎないのだ…と。

そして、そんな身体だけが大きくなった「小さな子供」が、結婚を機にする決心はこんなものが多いだろうと予想する。

「自分が家庭を作る時、自分の子供にはそんな思いをさせたくない」

そんな決意の下、頑張ってはみるものの、それはきっと完全なる空回りに終わってしまうことだろう。

なぜなら、そのニーズは残念ながらその人の子供のものではないからだ。

あくまでもその心の闇を抱えたのは自分自身のものであって、それにばかりこだわりが強くなり、子供の真のニーズを見逃してしまい、すれ違うこどたろう。

そんなすれ違いは、やはり同じような大人になれない子供が育つという負の連鎖が繰り返される可能性が高いことだろう。

 

だから…。

もう一度、しっかりと立ち止まって見てみる。 

この自分自身の心を。

自分自身の渇いた心を外に向けずに、じっと内へと向かう。

私は一体何を求めているの?と自身の心へと尋ねてみる。

 

親に寄りかかりたい。

親に守ってもらいたい。

親に関心を持ってもらいたい。

親に愛されたい。

親に抱きしめてもらいたい。

親に生んでよかったとこの存在を認めてもらいたい。

親と笑顔で過ごしたい。

親とたくさん楽しい思い出を作りたい。

親にもっと褒めてもらいたい…。

 

こんなたくさんの「私が」してもらいたかったニーズ、渇望している「私の持っている心」を静かにじっと見つめる。

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その静かに見つめる眼差しと時間は、渇望する心に適切な光を当てることにつながる。

そうやって自分でこの自分の花に光を当て、育て直していく。

心が子供のままだったことに気づかずに過ごしていた時は、どこかでそのニーズを他人に満たしたもらおうとする受け身の癖があった。

それも実は、その頃は「自分には自分を育てるその力がない」と固く信じたまま奥の方へしまい込んでしまい、そこからずっと自分を育てることをやめてしまってたような感じがあった。

けれども、もう一度よく私自身を鏡でよくよく見てみる。

そして自分の人生を思い返して見る。

そうすると、私はもう子供の頃にできなかったことやしてもらいたかったことは、自分にちゃんと注げる力がついていたことを改めて思い出せた。

大学の頃から今までの20年近く、私はきちんと親からの経済的な援助を受けることなく立派に一人暮らしもして自分を養えてきた。

韓国に留学する時の費用も自分で全て捻出することもできた。

成人してからしっかりと400万円近い大学の学費も返済してきた。

他にも中国という異国の土地でも、親に頼ることなく生活してきた。

また、何のコネもなく、自分の能力が認められる環境を探し、仕事でも認められ、1000人近くの人たちを教えることまでできるようにまでなった。

自分で本当に学びたいことを、遠くのイギリスまで行く時間とお金の余裕もできていた。

結婚式もきちんと誰に頼ることなく、自分たちで挙げることができた。

これらをもう一度思い返し、自分ができたことをもう一度しっかりと嚙みしめる。

すると、自分への信頼感が揺るぎないものになっていたことに気づく。

物理的な依存から離れ、そして今、精神的にも親や他の人に期待して待ったり、求めたりするのも本当はやめたかったことに気づく。

それよりも、自分の欲するタイミングで自分のニーズを満たしてあげることが一番したかったことなのだということが、今、こうして書きながら、ようやっと掘り当てられた感じがある。

それが、自分が小さな子供に光を注ぎ、自分を育成する能力。

そんな「自育力」をつけていくことが私の欲してることなのだと気づいた。

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そうこう考えながら書き連ねているうちに、ずっと私の周りでぐるぐるとうろついていた依存したい渇望心は、風のようにスルリと通り過ぎていった。