書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

「小さい私」のセルフイメージをリストア

幼い頃、小さな私が受け入れしまっていた長い間のセルフイメージをもう一度広げてみた。 

すると、驚くほどたくさんの自己否定でひしめき合っていた。

「私は日本人と名前が違うから、それを隠してないといけない。黙っていないといけない。人の目を気にしてないといけない」

「私は怒鳴られるほど悪い人間だ」

「親が怒るのは私のせいだ」

「私には両親を喜ばせる力がない」

「私は母親に嫌われている」

「私は父親に好かれてはいけない」

「私は親に迷惑をかけている存在だ」

「私は虐待を受けた被害者だ」

「私は犠牲者だ」

「私は親のいうことを聞かないとならない」

「私には何の価値もない」

「私は醜い」

「私は穀潰し」

「私は言われっぱなしの、いじめられっぱなし」

「私は親を喜ばせられない親不孝者」

書き並べて眺めてみると、本当に生きづらいイメージを受け止めて、背負っていたんだなぁと思う。

でもどれもこれも、その時、あの家庭の中で生き延びるために、このセルフイメージにしがみつくしかなかったんだいうことが心から理解できる。

そして、これもその時はとても必要だったことなんだ。

自分の生命を守ろうと必死だったのだ。

昔も今もこれからも、自分の生命のために必死だったのだということが分かれば分かるほど、とても必死で頑張ってたひたむきに頑張ってた自分が愛おしく感じる。

じっとこの気持ちに寄り添っているとじんわりと胸が暖かくなった。

そうするうちに、この長い間のセルフイメージにも心から感謝の気持ちが湧き上がってきた。

それと同時に、古いセルフイメージが私にお別れを告げてきた。

すると、ポッカリと空間が空いたように感じられ、その空いた空間に新しいセルフイメージをリストアしようとふと思った。

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『私はいつも私が私を喜ばせられる存在』

『私は私をいつも自由にさせられる』

『私はいつでも選択する自由と権利がある』

『私は他の人と同じように、自分の考えや意見や感情を尊重し、大切にされる存在』

『私はいつでも自分で自分の親となり、子供となり、兄弟となり、いつでも感情を分かち合えるよき友達であり、いつでも味方でいます』

『私は喜怒哀楽、色んなものを味わいながら生きていける強い存在』

『私は私の好きなものを迎え入れる権利があります』

『私は自分に我慢を強いることを決してせず、自分の喜びに従って生きる権利があります』

『私は不要な罪悪感は全て捨て、自分のお気に入りと喜びにあふれる家庭を創ります』

『私は今までの上下関係を捨て、この自然にあるもの全てが同じく大切で、尊重される存在の人とだけ付き合うことを許します』

『私は自然と同じく尊い、永遠の生命の存在』

『私はいつでも自分に自由な居場所と空間を与えられます』

『私はどんな時もその感情を受け入れられる余裕がある』

昔とは違ったとても優しく許されたセルフイメージに、成長した自分を、改めて誇りに感じた。