書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

やるせなさの奥の方

家族という名ばかりの言葉。

その『家族』を巧みに利用し、子供をコントロールしたり所有物のように扱うことへのやるせなさ。

形骸化されたイベントばかりで心を感じないことを理解されないやるせなさ。

それでもいい人を装い、そんな形に合わせてばかりいて、自分をどこまでも置いてけぼりにしていたやるせなさ。

そんな風に全て親という名前の「支配者」に力を預け続けていた自分へのやるせなさ。

そんな自分はとてもみじめで、さみしさや孤独が覆われるどうしようもないやるせなさ。

信じるものが違うことで、理解されないことのやるせなさ。

人と違うことへのやるせなさ。

誤解されることへのやるせなさ。

私にはどうすることもできなかった別れへのやるせなさ。

どうにかしてあげたいなと思うことを叶えられなかったやるせなさ。

どうすることもできないことへのやるせなさ。

どうにもならないことへのやるせなさ。

やるせなさが嫌だった奥の奥には『私には価値がない』という想いがしくしくと泣いていたからだったんだね。

息苦しいような、胸が締め付けられるような感覚が続く苦しさ。

じんわりと目頭が涙で覆われる感覚。

自分には力がないような感じ。

そんな「やるせないわたし」とここでじっと一緒に座ってみる。

じっとじっとしてみる。

この光の中で優しく包む時間を過ごしていると、なんだかこう言いたくなった。

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やるせなくて泣いても大丈夫。

やるせなさを抑えなくても大丈夫。

やるせなくて無力と感じていても大丈夫。

やるせない感じをもっともっと感じても大丈夫。

私がちゃんとついてるから怖くないよ。

大丈夫。