書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

私の根っこに流れているもの

大学生の頃に家を出てから、いくつもの家に住んできた。

とても安いボロアパートから、学生寮、20平米に満たない狭い家、海外でのマンション、そして今は80平米ほどの家に少しずつ変わっていった。

傍目にはその条件が悪そうに思えたとしても、どの家を思い返しても、私はそのどれも不満はなく、むしろ満足していたことに気づいた。

確かその土地に住んでる時は、家の不満で引越しすることは一度もなかった。

生まれた時に過ごしてきた家以外…は。

 

生まれた家にはなく、私が選んだ家にあったものはなんだったのだろう…。

そう思い返したら、とても大切なものが見えてきた…。

 

その家では、いつでも私の意思が優先されていた。

そこには、私がわたしを尊重する空間が広がっていた。

そこには、怒られたりダメなことは一切存在しなかった。

そこには私の許された空間があった。

そこには私の権利が確保されていた。

そこには私の心が全部詰まっていた。

そこには私が私への責任があった。

そこには私の安全が確保されていた。

そこには私を脅かすものはいなかった。

そこには私の安らぎがいつでもあった。

そこには私が欲しいものを全部入れられたし、私が食べたいものが全部あった。

そこには、私が本当に好きな人だけを迎え入れられることもできた。

そこは純粋で純粋な私だけの世界が広がっていた。

そこはまさしく『自由自在な世界』。

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その根っこに、私自身の『想い』『選ぶ権利』『尊重』『感動』『意思』『心地よさ』がしっかりと流れていたのであれば。

どんな家でも、何をしてても、どこの国の人でも、どこに行っても、どんな土地に住んでも、どんな花でもよかったんだと改めて知った。

逆を返して言うのならば、私は『自由自在』『自由意思』という根っこがなければ、すぐに息絶えてしまうということでもあった。