書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

封印してた自己定義のリセット

親との関係から小さな私が決めた定義がまたひとつ見つかった。

『私は、親からの承認がないと、私は生きる価値がない人間』

『子供は親の所有物。だから子供は従うべきである』

『私という子供は弱い存在で、何もできない』

全て、親を軸にし、自分を消すような生き方。

ーなぜ、そう思ったの?

昔、親が私の命を握っていると思っていたよ。

だってね、親の機嫌が悪いとね、私たちに食べ物を食べさせてくれなかったし、おうちから追い出されたりもしたよ。

それにね、気に入らないと突然、私を叩いたりしたから、身体がそう覚えるようになっちゃったんだよ。

理屈じゃないの。

そうやって暴力でね、私の身体にインプットされちゃった。

だって、痛いし苦しいから。

痛いのも苦しいのも本当に嫌だったからね。

だからね、私はおとなしく、この人たちの言いなりになるべきなんだって思っていたの。

でないと学費をくれないとか、嫌なことがたくさん起こったよ。

親は私たちをコントロールできる力があると思っちゃってたの。

だからね、私は力がないように振る舞うようになっていった。

そうやってすがって生きることを覚えていったらね、本当に自分には価値がないように思えてくるの。

そんな風に生きていくとね、そのうち『私は親のゴミ箱』って思った。

だからゴミ箱のようにね、彼らの汚いものを全部もらうようになったの。

そしたら、自分をどんどん卑下するようになっていったの。

そしたらね、気づいたら本当にあの人たちの愚痴や汚いものや嫌なもの吐き出すゴミ箱の役割になってた…。

あの時は、彼らの承認だけが私の存在価値だって思い込んでたから。

でも本心はとっても悲しかった。

すごく、みじめになった…。

すごく泣きたかった。

なんで私にこんな汚いものを投げ込むのかって…本当に嫌だった。

すごく嫌だった…。

でも言えなかったよ…。

だってね、そんな毎日をゴミをいつも投げられる生活を続けなくちゃいけなくてね、私は私を捨てなきゃならなかった。

その生活が習慣になっちゃってね、それに慣れちゃってた。

ーそうか、そうだったんだね。

今、それは本当にそう思う?

ううん、本当は全然違うんだよ!

違うよ!!!!

私の本当の本当の姿はね…。

いるだけでね、みんなを明るくできるしね、楽しませることもできるの。

私といるだけでみんな癒されるの。

私はピカピカしている存在なの。

でも、あの時…。

そんな私を私は価値がないって決めちゃった時から、私は価値のない人間にならなきゃってすごく頑張ってた。

だからピカピカの私は捨てることを選んだよ。

でも、本当の心の奥では知ってた。

本当の私は違うよ!って。

何度も何度も叫んでたんだよ。

ずっとずっとね本当は違うの!って言い続けていたんだよ。

この声がいつ届くんだろうって思ってたの。

やっと私の声が聞こえてきてくれたんだね。

ー本当はどんな存在だと思ってるの?

私はいるだけで素晴らしいの。

私は誰の承認もいらない。

私は私のままで光ってるからね、みんな自然と私のことが好きになるの。

コントロールとかじゃなくて自然にそうなるの。

それにね、私はなんでもできる。

私は誰の力も必要なく、この手はなんでも生み出せる。

私はとても力強い。

それにね、私は一番大切なものを育てられるの。

お家も、お花も、人も、人の心も育てられるんだよ。

だって、私はなんでも分かってるの。

だって、私は親を通して、ずっと心を磨き続けていたからね。

それにね、私はとてもかわいらしい。

私はとても純粋なの。

私は光の存在なの。

私はお花みたいな存在。

切っても切っても枯れないお花のように無限の存在。

いつも広がる空のような存在なの。

そこには、好きなものをいつでも並べられる。

そして、私はとても優しくて、とても美しいの。

ーじゃあ、親には本当はどうしたかった。

対等に接して欲しかった。

冷静に説明して欲しかったよ。

私に分かるように。

怒らないで説明して欲しかったの。

怒鳴らないで説明して欲しかった。

コントロールしようとして欲しくなかった。

それに私はずっと言いたかった。

『私はあなたたちの所有物じゃないの!』って。

でも、『あの人たち』に言ったって響かないことも知ってる。

自己価値を持とうとしない人に何を言ったってダメなの。

その人がね、自分に話しかけない限りは無理なの。

だからね、私はそういう人とはお話を続ける必要はないと思ってるの。

それが親だったとしても。

それよりもね、私が私にもっともっお話しをしようと思うの。

いつか…。

私の姿が、その人たちにもいつか感じる日が来るかもしれないから。

あの人たちと同じ土俵に立つ必要がないことが本当に分かったの。

いくらなにを言ったとしてもね。

親子の立場を利用する人は、私は親じゃないと思ってるよ。

それにね、私はもう分かったの。

あの人たちの暴力や暴言やコントロールは私にしてるんじゃない。

あれは自分にしているんだってことが分かったの。

だから、その人の相手をすることは私はそれを認めたことになるから。

そっと離れて、自分に集中すればいいんだってよくわかったの。

だから、もう大丈夫。

私がいるから大丈夫だよ。

長い間の自己定義をもう一度リセットした。

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『私は私の心を心から理解できるし、

   私は私のどんな心の叫びも聞いてあげられる。

   私は私に感謝や褒め言葉を言える。

  いつでも私が私を大切に扱えるし、

  いつもいつも私が私の機嫌を取れる。

  いつでも私が私を育てられる。

  いつも私が私の責任を取れる。

  そして、誰も、私を傷つけることはできないことを知っている』