書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

心の鈍痛

最近、古い何かを捨て去りながら、まるで大きなエネルギーの中に吸い込まれているようで、光と闇の一進一退を繰り返してような気がする今日この頃…。

感情が揺さぶられることがとにかく増え、相手の行動のささいなところまで鋭く観察しては、痛みが次々と噴出することを繰り返しているようだ。

当然ながら、イライラすることもとても多くなり、やや疲れ気味だ…。

潜在的に抱えていた我慢を放出させる時が来たのだろうか…。

それはまるで、長い間ずっと沈黙の中で抱え続けていた鈍い痛みがゆっくりと動き出したかのようだ。

何度も書いてるかもしれないが、まだ私の中で納得できてない気持ちがある。

それは、約7年続けていた中国生活とそこでの仕事や培ってきたものに対する名残惜しさかなとも思っていた。

しかし、そこからよく観察していくと『結婚』というライフイベントとともに、あっけなく自分が積み上げたものが崩れたことへの虚しさがそこにあった。

こんなにも、そして、あまりにもあっけなく…。

『あんなにがむしゃらになってたのは一体、何だったのだろう…』

おそらく、リタイアした人が抱えるような喪失感なのかもしれない。

そして、そんな私の気持ちとは全く違うペースで旦那の人生はそれで展開しており、私は半ば彼のエネルギーに引っ張られるように決断したことがどこかで引っかかりを感じていた。

そう辿っていくと、私は心のどこかで「私が犠牲になった」という気持ちを持っているのに、それを認めることも、捨て切れることもできずにいた。

いつでも選んだ道に後悔はない。

けれども、どこかでそんな自分の無念さや悔しさを素直に認められず、それをずっと胸に秘めたまま過ごしていた。

どうやら、心の中にこんな矛盾する気持ちを抱えていると、心の土台というものはとてももろいようで、ややともするとすぐに崩れてしまうようだった。

そのぐらい私の新たな心の基盤はとてもぐらぐらしている(今もそう…)。

その不安定な基盤は、彼のほんのささいな一言でもすぐに決壊する。

抑えていた「私は犠牲者だ」という悔しい気持ちのエネルギーが爆発し、怒りとともに一気に崩壊する。

それに加え、背景や理解が乏しい海外への移住、全く知らないカルチャーへの恐れ、英語がしゃべれず言いたいことが言えない苛立ち、結婚と同時に家族の変化、仕事の変化、住環境の変化、日本語で気兼ねなくコミュニケーションできる友人の欠如…。

こんなストレス状態を抱えながらも、私は必死にギリギリのところまでこらえていた。

また、どこかでは、人と違う道を選んだのだから、人に相談することもできないと思っていたし、また、人に相談や愚痴を言えば、その聞き手側の意見を押し付けられるのも嫌だったので、残された道は沈黙するしかなかった。

そんな複雑な気持ちをよそに、旦那は「僕がいるから大丈夫」という一言で片付ける。

私が必死でこらえながら過ごしている気持ちを無視されているようにも感じ、何だかがっかりもしたし、悲しかった。

私と旦那の気持ちの温度差は、結構な差があったようで、私の気持ちとは全くもって乖離しているようだった。

むしろ彼は私がこの生活を楽しんでいると勘違いしているようでもあった。

そんな風に時間を過ごしていくうちに、次第に私たちの価値観や考え方の違いも露呈し始めるようになった。

移住してからというもの、私は常に我慢やストレス状態を抱えたままで、当然、他の人を迎え入れる心の余裕も空間もなかった。

自分のことでただ、精一杯だった。

しかし、彼とその周辺の人間たちはそんなことはどうでもよさそうで、自分の都合しか考えてないようだった。

移住後、引越しも落ち着いて間もなくの頃、彼は彼とのつながりのある人間関係と私を繋げようとするようになった。

「彼からすれば」私が寂しいだろうと気を利かせているつもりだったのだろう。

しかし、私にとっては望んでもいない誘いを強引に進める言い方も、頼んでもないことを勝手に決め付ける態度も気に食わず、余計なおせっかいだと思っていた。

また、旦那の家族観や友達に関する考えや距離感も全くついていけなかった。

成人した人間が、家族という名目で、お互いにべったりとはりついているようなエネルギーを見ながら、私からはお互いの生命を蝕んでいるとしか見えなかったのだ。

また、「私たちは家族だから」という言葉を振りかざし、私個人の時間を無視し、奪おうとするコミュニケーション方法も相当気に食わなかった。

まるで土足で私の家に入られたような気分だったのだ。

また、私から見れば、利益関係がベースでしか繋がってない人のことを、彼は「友達」と呼んでいることに、彼の目は節穴だと、心のどこかではバカにしていた。

いずれにしても私と旦那は結婚によってそのエネルギーが融合され、その摩擦が起こっているようだった。

私はこの家庭を経営する以上、私たち2人のの純粋なエネルギー主体で舵を切る必要があると強く思っていた。

なので、余計な外からの不必要なエネルギーに流されたり、支配されたくはなかった。

なぜなら…私はもうそんな人間関係はたくさんだったからだ。

私は形だけを取り繕い、利用する関係にもうんざりしていた。

それがたとえ血縁関係があったとしても許されることではないと思ってた。

共依存の家庭、機能不全の家庭の中でさんざんやられっぱなしだった私は、自分にずっとずっと怒り、そして今、自分の足で立ち上がろうとしている。

私の空間や時間をもう二度と、簡単に、私にとってどうでもいい人に支配されたくはない。

主導権は私が握るという強い決心があった。

過去の自分のように、自分の空間と時間である生命を、自分以外のことに注ぎながら、自分を見失うことはもうたくさんだったから。

もう二度と自分を犠牲にしたくない。

私は旦那に…いや自分にもずっとこう言いたかったんだと思う。

「仕事も住む場所も全部、私は自分以外の人の犠牲になったっていうのに、さらに、あなたはなぜまた、どうでもいい他人にやすやすと私たちのの時間と空間を明け渡そうとするの!!」

母語・習慣・文化・コミュニケーション方式…。

私はそれを捨ててでも彼と一緒に生きることを決めたこの想いを知ってほしかったのだ。

私は彼とともに生きることを選んだだけで、それ以外の私が呼吸をするようにとても大切にしている価値観はを、別の人の価値観で占領されたくなかった。

 

『もう二度と支配されたくない』

『私の空間と時間は私のものだ』

 『私の価値観を無視するな』

 

私自身、ひとつ癒されるごとにもっと奥にしまわれていた痛みと本当のニーズがやっと顔を出している。

これは、じわじわとそしてずっと痛くて痛くてたまらなかった心の鈍痛のようだったんだと分かった。

暗黙の時間をじっとじっとこらえて耐え続けていた鈍痛が噴き出しているようで、今はとにかく痛くてたまらない。

そんな痛みに耐えている間、私の心はずっと孤独だったんだと思う。

悲しくて、やりきれない気持ちがこみ上げてくる。

ずっと「誰にも理解されない鈍痛」があると思って耐え続けてとても辛かった。

痛い、痛い、痛い…。

辛い、ツライ、つらい…。

幼い頃からの痛みも一気に疼き出す。

この痛みは、大人になってからも、人と違う道を歩みながらずっと増していたのだった。

誰にも理解されないという想いが私をもっともっと色んなものを言えずに蓄積し、苦しみをどんどんと増やしていた。

そして、苦しくて、それでも誰にも言えない苦悩を隠し平気なフリをしながら、自分に嘘をつき続けていた痛みも一緒にくっついてきた。

私は心の鈍痛にずっともがいていたんだ…。

それでも、死ぬ勇気もない私の心は、行き場を失い彷徨い続けた結果、絶望にエネルギーを注ぐしかなかった。

胸が痛い…。

また喉の奥がギュッと締め付けられる…。

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ただ、この痛みに佇んでみよう。

沈黙の中で、繊細なこの心と一緒に、ただ一緒に居よう。