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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

徹底的な反抗心

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私の中に存在していた、とてもとても大きく育っていた、とてもトゲトゲしく、辛辣で徹底的な反抗心。

今日は、旦那の家族を通して少しずつ感じながら隠してたこの反抗心が牙を剥いていることを眺めてみようと思う。

旦那の両親と妹は、私たちの家から車で20分ぐらいの近くのところに住んでいる。

私が意図的に別居を選択した。

初めは同居の話も持ち上がっていたのだが、もし、実家と私たちは同居でもしてたものならば、きっと私はもう離婚していたかもしれないな…。

とにかく私の予感は的中だった。

オーストラリアにきて間もなく、私は彼らの重たい重たいエネルギーの洗礼を受けることになった…。

到着して間もなく、両親と妹はセットで「一家団欒」という旗を掲げ、私たちと全員で集まって会う約束を取り付けてきた。

旦那も私と合流するまでは、約一年間、オーストラリアの実家で過ごしていたせいか、すっかり彼らのペースに巻き込まれていた。

私は初めはそのまま間に受けて、参加してみた。

…が、過ごした時に感じた直感的な?重いエネルギーと、そして「何か」に鋭く気づきながらそして強く反抗していた。

心の奥で私がただひとつ分かっていたのは、この旦那の両親と妹が同化しているこのべっとりとして重たいエネルギーには、決して交わることができないことだった。

でも、初めはそれをどう言えばよいのかよく分からず、ずっとモヤモヤとしながら過ごしていた。

両親と妹家族はいつもセットで登場してくる。

それは、無言の支配的なエネルギーの塊のようだった。

彼らは私たちを歓迎する?という名目での食事会をはじめ、オーストラリアなのに中国の旧正月の年越し、両親の誕生日、週に一回の実家訪問の要求、連休だから集まろう?という意味不明な誘い、中国のイベントごとの集まり、両親の結婚記念日、妹の子供の誕生日の食事会…。

数えれば本当にキリがなく、はじめの数ヶ月で私はすっかりうんざりしていた。

私はその間、黙って彼らをずっと観察していた。

妹がなぜかいつもこの全体の中心になりコントロールしようとしていることがとても不思議だったし、その空気感がとても鬱陶しかった。

私は心の中でずっと思っていた。

「なぜ、あんたがしゃしゃり出るのか」と…。

私はただ、中国語ができるだけで、両親と妹とは習慣も文化もバックグラウンドも、話題も何もかも違う。

そんな人たちの会話は当然のことながら成立するわけはなく、特に心が通うわけもなくただただ、気まずい時間が過ぎていった。

また、食事の様子でも彼らを観察していると、食事会と言っては、妹が必ず主導権を握って指定する日時、いつも同じ場所のお店に行き、同じメニューを頼み、同じことをただ淡々と無表情に、ただ習慣のように食べているように見えた。

うんざりするほどのたくさんのご飯を詰め込んだ後、更にこれ以上食べられるはずのないケーキを食べさせようと更に詰め込む。

私はまるで家畜のように、無理やり口に突っ込まれるようなそんな不快感を感じていた。

そして、私は何だかこの人たちが無感覚になった食べ物の化け物のようにしか見えなかった。

そして、話すことも特になく、ただただボーッとテレビを見るような時間を過ごしている姿。

全ての行動が完全に感覚を麻痺させようとしているように感じた。

私はこの空気がとても心地悪かった。

彼らはまるで、空虚さと食べ物とテレビでずっと埋め合わせをして無感覚の状態でいるようにしか見えなかった。

そんな彼らには、異国の地に慣れようとする私の気持ちやストレスを微塵も察する気配はなかった。

当然だろう。

何かに飢えながら、空虚に生きている人たちには到底そんな余裕なんてない。

当然のことながら、彼らは誰ひとり、私のことなど見ていなかった。

彼らの目には、食べ物と同じく、私たちを使って「自分の役割」を必死に埋めているだけだった。

私の目には、彼らは自分自身のことで犠牲になってくれる人を探し、自分の役割を演じよとうと必死な人にしか見えなかった。

しばらくして、私の心はキレた。

そして、私はその集まりには行かないと「宣戦布告」をした。

もう行かないからと言うと、場の雰囲気が悪くなることも分かっていた。

私の結論は、自分の空間を守ることを選んだ。

今ならばよく分かる。

私はずっとこう言いたくて仕方がなくて反抗していた。

『あんたたちの空虚さを埋めるために私は存在しているのではない!』

そこから流れてきた自分の家庭に対する怒りのエネルギー。

『私は親の犠牲になるために生まれているのではない!』

根底にあるこの怒りが刺激され、私はそれがいつも旦那との喧嘩の火種として怒りの炎が点火していたのだった。

彼らは自分の空虚さを満たすために私をすきあらば無意識に利用しようとしていた。

それは、言葉の端々で感じられた。

旦那の両親は、結婚した時、無神経にも私のことを自分の娘だと思っていると何度も言った。

表面上は娘のようにかわいがるということだったが、実際のところは、そうではない。

本当のところは、かわいがりたいのは自分、守りたいのは自分の役割でしょと反抗している自分がいた。

そして、私はあなたたちの娘でも何でもないと心ではずっと叫んでいた。

私は、自分を生んでくれた人が母親であって、結婚したからといって、なぜ縁もゆかりもない人に言われることにも怒っていた。

私の怒りの爆発ポイントは「家族という言葉を狡猾に利用し、本当は自分の満足感のために私の時間を利用しようとしていること」だった。

私はそれが許せなかった。

私は彼らがとてもズルいと思っていた。

私はこんな家族という名の、利用してされるような関係、一方通行な関係は自分の家族でもうたくさんだったんだ…。

全てが重たすぎるエネルギー。

そして、私はそんな利用しようとする人に認めてもらおうと、いい人を演じようとしていた自分にずっと反抗していた。

私は「あなたは一体何がしたいの?」とこの反抗的なもう1人の自分に詰め寄られているようだった。

あぁ、この反抗心むき出しの私…。

徹底的に、頑固に、私は自分の意志があるな。

そして、私はこの人たちとは違う道に立とうとしている。

いや、誰の道でもない道。
改めてそう確信した。

だって…私は感じる人生を選んだのだ。

今更ではあるが、徹底的に曲げられない芯の強さを持つ自分の存在に気づいた。

幼い時「私は弱い子供」というアイデンティティを一時的にまとい装って生きながら、そうやってずっと本心を守ってきたことが分かった。 

そうか…。

私の本心を守ろうと必死に頑張ってくれていたんだ。

そして、今はもう、ごまかす必要なんてないんだ。

もう、自分の心を無視して装う必要もないんだ。

もう、私には自分のために戦う準備は整っている。

私の手は、もう自分を十分に守れる。

だから、もう、この気持ちを抑えなくても、そのままでも大丈夫なんだ。

大丈夫…。

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私が守る。