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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

昔の同級生に想う

とあるブログをきっかけに、小学校からの同級生のことを思い出した。

きっと今で言えば、ADHDと呼ばれているであろうクラスメートだ。

彼とは同じ教室で、中学まで一緒に過ごした。

私たちの頃には、恐らくそのような病名は存在しなかったし、とにかく入学した時から彼はそんな感じだったので、私はなんの先入観もなかったので「あぁ、こういう子なんだ」としか思ってなかった。

確かに彼は落ち着きはなく、授業中に突然立ち上がり、運動場をただぐるぐると一人で笑いながらぶつぶつと独り言を言いながら飛び回ったり、ひたすら走り回ってた。

彼はひとしきり走り回って落ち着くと、何事もなかったように教室に戻ってくることはよくあった。

よく独り言も言ってたので、普通は変な人と扱うところかもしれないが、朝鮮学校という特殊な環境もあってか、いじめの雰囲気はそこまでなかった。

そして、私は不思議と彼に対してポジティブな印象を持っていた。

なぜなら、思い出すと彼はいつもとても楽しそうな表情で生きているような感じがした。

実際に彼と話すこともとても楽しかったし、ちょっとしたクラスのムードメーカーでもあったと思う。

そんな雰囲気もあってか、先生も私たちも、彼のそんな人とはちょっと違う行動は普通に黙認していたし、とにかく普通に受け入れてた。

学校の登下校も同じ方向の同級生が一緒に通ったりとみんなで協力しながら過ごしていた。

もちろんその姿を時に、いじわるな目で見た上級生や同級生からはからかいの対象になりやすかったけれど、私たちのクラスでは、彼の個性と受け入れ、むしろいじめられたら慰めたり守ったりと温かい雰囲気だったと思う。

勉強はもちろんみんなよりも遅れてはいたが、クラス全体的に助け合う雰囲気だったし、関心のある授業であれば一生懸命取り組んでいた。

また、一方では得意ではない時は癇癪を起こし「なんでおれはこんなにバカなんだ!」と怒鳴りながら、自分で自分をげんこつでぶったりしていたことが今も思い出される。

また、ある時は意地悪をした子やまたある時は先生に「お前なんか死んでしまえ!!」と叫んでたことなど…。

私はそんな彼を見ながら感じてたのは、誰よりもとても素直で感情豊かな子だということだった。

一方、当時の私はと言えば、優等生のフリをして自分の感情を抑えて生きていたので、彼と接することでなんとなく癒されていたのかもしれない。

これも今思えばの話だが、彼は誰よりも血がほとばしるままに生きていたんだと思う。

改めて思うのは、その彼の行動ひとつひとつは単に感じるがままの行動であってそれ以上でも以下でもなんでもない。

その彼の姿や形や行動から、今であればADHDという病名をつけてはいじめの材料にして切り捨てることもあるかもしれないし、可哀想な子だと判断する人がいたり、また或いは、その病名をアイデンティティとして同一化し悲劇の主人公としても振る舞うのかもしれない。

また或いは、心の中では見下し、無言でそーっと遠ざけるかもしれないし、また、彼の姿に私のように癒されていたりもするのだろう。

彼と学校生活を楽しく過ごした時間のおかげで、私は見た目や人と違うことに対するものにとらわれることなく生きられたんだと思う。

とにかく彼を思い出した時に浮かぶ言葉は「生き生きとしている」。

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今ごろ彼はどうしてるのだろう。

元気にしてるかな。