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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

感覚から始まる、過去への旅路

昨日、湯船に浸りながら、突然この心地よい感覚と、過去のワンシーンの感覚がリンクした。 

昔、夫婦喧嘩をした時など、自営業の父親の事務所に行かされることがしばしばあった。

マンションの一室を借りた事務所へある日、妹と一緒に事務所へ行った時、泡風呂に入れてもらったことを思い出した。

家では乱暴にお風呂に入れさせられた記憶ばかりであまり好きではなかったが、父の事務所で入るお風呂はとても心地よくてとても大好きだった。

家では使ったことのない入浴剤はとてもいい匂いで、心と身体が寒い中、本当に本当に心からホッとするような安心感に包まれた。

それがせめてもの私にとっての安心感だったことを思い出した。

他にもよく近所のスパゲティ屋さんや食べ物屋に連れて行ってくれたなということを思い出すと、ずっと雲の中に隠れていた父の優しさが急に私の眼の前に現れ、そのエネルギーを感じると同時に涙が溢れてきた。

あぁ、アボジはずっと優しかったんだ。

あぁ、アボジはずっと子供を愛していたんだ。

アボジなりの方法で必死で愛そうと生きてきたんだ。

そして私もアボジがとても大好きだったんだと。 

心の傷が痛かった時は、そんな優しさもひっくるめて私は全部、捨て去った。

しばらくの間、私はそれを封印し、感じないように生きてたことが、アボジを否定していた。

その感覚から紐解くように心のかけらがみつかった。

私は本当はずっとその優しいアボジにもっともっと甘えたかったことを我慢していたんだと。

仕事で忙しくするアボジはなかなか家にはいなかった。

兄弟も多い中、甘えるという隙もなかったが、事務所に行って会った時はほんの束の間に甘えたいという気持ちを味わえた時間でもあったことを思い出した。

そこからずっと私は我慢してた。

ある日、母親から父親と一緒にいたことで攻撃されてことや、家庭の空気から一方につけば、一方に角が立つばかりで、自分が父親に近づけば、母親が傷つくからと、兄弟や母親に遠慮して我慢することを覚えた。

でも心の中では、ずっと思っていた。

私はとても頑張って生きている父の負担になりたくなかったんだと。

私は大好きな父に迷惑をかけたくなかったんだと。

それで我慢することを選んだんだと。

私なりの選択だったんだと。

頑固なところや、不器用なところ、一匹狼だと言って頑張っていたこと、情にもろいところ、仕事を誠実にするところ、怒りっぽいところ、そして自由に生きる姿。

あんまりにも似すぎてて反発ばっかりしていたけど。

みんな、それぞれの方法で、必死で愛を表現しようとしていたことを初めて分かった。

そんなことが分かると、良い悪いという攻撃をしていた時は見えなかったけど、もっともっともっと深海のように奥深いところには息を潜めながら、とてつもなく大きい愛が眠っていたことが分かった。

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そして分かった。

私はこの父親に似た優しさを旦那にも感じ取り惹かれたのかもしれない。