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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

判断を信じた瞬間、同時に生まれる感情

無意識に心の中で抱いていた良い・悪いという「判断基準」を信じた瞬間、不思議なことに罪悪感が必ず同時に生まれていた。

「太ってる人は自己管理ができていない人」という判断。

「お酒に飲まれる人は自己管理ができていない」という判断。

「遅刻する人はタイムマネジメントができていない」という判断。

「仕事をしてない人は生きてる価値がない」という判断。

「親の面倒をみない子供は親不孝者だ」という判断。

「周りに迷惑をかける人は嫌われる」という判断。

両親は悪い人=私は良い人間と固く信じていたがために、当然ながらその判断を信じた瞬間、私は良い人の方にいようと、悪いと判断されないよう、その枠にはみ出ないことを気をつけながら生きてきた。

それでもある時期は私はこの判断基準に全く満たない人間だった。

その時、心の中では「こんなことをして私は悪い人だ!」と強く自己批判をし、自分自身に罪悪感を持たせ圧力をかけ、自分をこれでもかといじめて、そして、自分にがっかりしてた。

ーじゃあ、その「判断基準」はどこからきて、そして、果たしてそれは真実なのだろうか…。

この質問に出てきた答えは、その判断基準は単に自分が勝手にこだわって決めていた「枠」に過ぎなかったことに気づく。

その枠は単なるひとつの表れた形であって、それはいつも変わるものだと分かると、そんな常に変わる曖昧な判断基準が本当は全部どうでもいいことだった、ということが分かってきた。

すると、心の仕切りが急に取っ払われ、とても許されている感じがした。

そして、なんだかこの仕切りのない世界の方がホッとして、そしてとても広い空間にいるような感じがして、とても心地よいと思った。

いよいよ「いい・悪い」も手放したくなってきたようだ。

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