書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

「私は被害者である」という無意識のフィルムが自動再生されていた世界

奥深くにあった虐待という強烈なトラウマは、絶対的で強固な「私は被害者である」という意識を無意識に創り出しそれだけがあたかも私のアイデンティティであり全てであるかのようにフォーカスされ、それに完全に同化してた。

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その無意識のフィルムがセットされた私の頭の中では、こんな映画がエンドレスに映し出されていた。

その映画には、被害者がいて、それには加害者も存在しなくてはならなかった。

そのキャストはもちろん両親。

すると「加害者が悪い、被害者は正しい」という座標軸ができ、それは即ち「親が悪い、私は正しい」という対極の構図が自然と生まれていた。

そんな目で親を見るようになると、親は無意識のうちに敵と化した。

そしてその無意識の加害者のイメージは、親が私にしたあるワンシーンから取り出した人物を創造した。

具体的に私の中での虐待をする親は「上からモノを言い、理由もなく暴れ出し、暴力をふるい、抑えつける人間」だった。

そのイメージからは「上下関係」というものを生み出した。

すると「上から私を見ているような人たち」を作る必要があった。

学校の先生、会社の上司、年上の男性、勝気な話し方の人、声の大きい人、仕事で成功してる人、偉そうなモノの言い方の人…それは全部私の敵として現れ、私のフィルムに流れてる世界には敵がどんどんと増えていった。

すると「上にいる人はみんな悪い人」という図式も自然と作られ、そのような目線で相手を見るようになり、拒否したり、避けるようになっていった。

虐待という強い痛みから、無意識のうちに「私は被害者だ」「私は犠牲者だ」という座標軸が生み出され、その座標軸に自分を置いた瞬間、反対の軸には仮想の敵が現れ、どんどん自分を苦しめていったのだ。

そこには「加害者は悪い人=被害者は正しい人」という判断基準が存在していて、私は常に正しいという座標軸に乗っかっていなくてはならないと思い込ませていた。

でも、虐待の痛みを書き出し続けるうちに、ずっと受け止めきれてなかった感情をほんの少しずつ受け止められるようになり、留まり続けていた痛みと恐怖のエネルギーが自然と流れ出していっているように思えた。

すると、その恐ろしさにばかりフォーカスし続けた心と頭が少しピントがずれていき、別の視点へと動き出しているようだった。

すると解釈が変わってきたのだった。

虐待は確かに事実として起こった。

その環境の中で、強烈な出来事が繰り返し起きるうちに、痛くて悲しくて苦しくて辛くて心を凍らせた。

心を凍らせたままだったから、相変わらずある被害者だという意識の映画が、壊れたプレーヤーのようにずっと止まらず繰り返し自動再生し続けていた。

その自動再生は習慣に変わり、その世界が全てであるという視野の狭い檻の中で過ごしていたんだということが分かった…。

色んな国や学校、コミュニティや職場という集団にいれば、本人が望む、望まないに関わらず色んな座標軸に当てはめられ、その基準の中で評価されようと必死に頑張り続ける。

でも、その座標軸や価値観や判断基準は、単にその場所やある人にとって都合がよい情報に過ぎなくて、価値観自体は実のところすごく曖昧で不安定なものだった。

ましてその価値観や座標軸には、自分全体を表してくれるものはなにひとつ見当たらなかった。

そんなどうでもよい判断基準というものに価値を置いた時、決まって私は苦しいという感覚を覚えた。

しかし、私は長い間「私は虐待を受けた被害者である」という座標軸に自らキャスティングした張本人であり、自ら作った映画にずっとうなされながら生きていたのかと思うと愕然とした。

そして、その更に奥深くを探る。

すると「私」と呼んでるものは決してそんな座標軸には当てはめようがないという気づいてるもの。

「これが私」と信じてたものが座標軸やこの世界にはどうしても見当たらないということに気づいてること。

そんな色んなことに気づき、色んなものを内包し、そしてじっと見つめてる全体の何かがあるのではないのだろうか。

というよりは、本当はその全体の何かしかないんじゃないのだろうか…と気づいてるもの。

ピントを合わせるところは、私が知りえない、もっともっと別のところにあるのではないかという気づき…。

そうこう書いてるうちに「私は被害者である」という自動再生し続けてたフィルムは壊れてしまっていた。