書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

優しい世界

もともとは、ありとあらゆるものごと、人、状況、現象…それらがそのまま存在することがただ許されていて、そしてそれは許されるままにさまざまな形を変えながら存在している。

それを「個の私」という得体の知れないものが勝手に判断した、とても小さな小さな世界しか見えていなかった。

それはまるで「怖れ」という覗き穴から眺めていた風景のかけらのようで、でも、その狭い穴から見えているものが全てだと思っていた。

そこから見えた風景とは、どこの国の人間だとか、出身はどこだとか、肌の色がどうだとか、どこの学校出身やら、どの会社に勤めているやどんな仕事をしているやら、学校の成績はどうだったとか、お金持ちなのかどうか、性別や容姿、どんな人と結婚してるかどうか…と言ったお決まりのレッテル、そして国や家族・集団のためにという名目の犠牲精神、家庭内では親の職権乱用とも言える「しつけ」と称した体罰や暴力、そして男性が上、女は下といったような支配的社会、自分の身体と時間をいかに犠牲にして会社に捧げることを善とする価値観…。

そんな狭く暗く、枠やルールだらけの世界。

そんな時代はとっくに終わり変化していてもよさそうなものなのに、今もなお我が物顔でぐるぐると旋回し、ずっとそこに居座っているといるのは一体どういうことなのだろう。

時代錯誤の教育、働く者だけが金銭・時間・身体を搾り取られる構造、今ここには未だ古ぼけていてずれた習慣に執着し、そんなルールを必死で守ろうとしているのは果たしてどういうことなのだろうか…。

それはまるで、目隠しされた暗闇という幻の中で、お互いが憎しみ合い、疲れ、そして絶え間ない奪い合いと争いが起こり、不安ばかりをスクリーンに映し出しているようにしか見えなかった。

「誰も許されない。誰も幸せにさせない。」

そんな、全体が苦しむ先の見えない真っ暗闇のゲーム。

さらにこのゲームの恐ろしさと言えば、ゲームを続けているうちに「習慣」という足枷にはまり、それは時が経つに連れルールという言葉に変わり、それは当たり前のように強固にこびりつき、それはますます抜け出せなくなる底なし沼のようだ。

そんな習慣という恐ろしいプログラミング。

私はそのプログラミングされた人生ゲームに息がつまりそうだった。

とても苦しく生きづらいというのは感覚でずっと気づいていた。

だからと言ってそれが何だ、じゃあどうすべきなのか、一体他にどんな道があるのかは、あの狭い穴からは到底見えるはずもなく、ただただ途方に暮れた。

でも、このままでは死んでしまいそうだった。

どうにでもなれという気持ちで私は、生まれた日本という土地から離れるという選択をさせた。

土地を変えることで「古びた習慣ゲーム」から脱出していたことに今やっと気づくことができたのだ。

そして、今になってやっと「あぁ、本当はいつでもこのルールから抜け出すことが許されていたんだ」と実感した。

すると、少しずつ心と身体が緊張から解き放たれていくようだった。

働いてた頃の肩こりや頭痛も気づけばなくなっていた。

その後、しばらく経つとゲームの中にいたという目隠しが自然と取れていった。

と同時に、その古い世界がみるみる遠ざかり、そして消滅したのだった。

古びたゲームの中で遊んでた私が死んだ時だったのかもしれない。

『全てが許されている優しい世界』

あそこでは許されなかったことが、ここでは許されている。

ここで許されてないことが、あそこでは許されている。

北朝鮮、韓国、中国、オーストラリアと移動しながらその土地の経験に触れた時、私は腹の底から自分に笑った。

国を越えた時に見えたその広い世界に、何とも言えない爽快な気分を味わった。

そんなひっくり返る気持ちがとても心地よく、限りなく解放的で自由になった気がしたのだ。

そんな風に土地という風景を変えることで、私は少しずつ自分を許せるようになっていった。

『全てが許されている優しい世界』

何ができなかったとしても、禁止していることをしてしまったとしても、ルールを守れなかったとしても、失敗しても、生産性がなかったとしても、価値がないと判断していることすらも、本当の本当は居場所があるというとてつもなく優しい世界。

 

なにをしていようと。

どこにいたとしても。

ひとに咎められたとしても。

失敗したとしても。

ひとと違っていたとしても。

能力や才能と言われるものがないと言われたとしても。

喜んでても、落ち込んでても。

つまらなくても、虚しくても。

支配・孤独・無価値・裏切り・いい悪い・叱責・蔑み・愚鈍さ・悔しさ・虚しさ・後悔・未練・無関心・怠け・残酷さ・空っぽ・意味のなさ・暴力・拒否・つまらなさ・罪悪感・レッテル・差別・優劣…。

まだまだ言葉では表現しきれない、そんなありとあらゆる全てが存在することのできる優しい世界。 

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さんざん味わった暗闇人生ゲームは私の手から始まったものだった。

だから、私の手で終わらせるしかない。

そして、そろそろここの心地よい「優しい世界」という人生ゲームを楽しんでみよう。

例えばこの人生はゲームだったとしたら…。

あなたはどんな人生ゲームで遊びたいと思いますか。