書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

我慢+犠牲+遠慮=怒り大爆発

昨日、旦那が近くに住む大学の同級生のところに遊びにいった。

その時ふと、大連を離れる数日前、旦那が同級生と遊びに出かけた過去をぼんやりと思い出していた。

自分でも信じられないぐらい暴力的な怒りがこみ上げてきたこと…。

どこからあんな暴力的なエネルギーが飛び出してきたのだろう…。

今日はそれとなくそのエネルギーに寄り添ってみたくなり、彼が帰ってくるまでじっとその日のことを追ってみた。

大連を離れる数日前、何人かの同級生が旦那のために遠方はるばる集まってくれていたらしい。

私は彼の同級生とは面識もなく、そして特に興味も持てなかったので、遊んでおいでよと彼を送り出した。

当時の状況と言えば、彼は先に新しい仕事のためにオーストラリアに行き、私は中国での仕事やら荷物やら身辺整理をやっと終わらせたところでやっと合流できた時だった。

彼と会うのも半年ぶりぐらいで何となく違和感もあった。

その時の私の気持ちと言えば、私が選び慣れ親しんだ土地をもうすぐ離れるという一抹の寂しさや未練、そして全く未知の世界が待ってることに怖れを抱いていた。

これから果たしてやっていけるのかというよく分からない不安や焦り、彼についていくという理由で未知の土地に行くことに対する不本意な気持ちもあった。

そんな「よく分からないもやもや」とどう寄り添ったらよいのか、どう対処してやればいいのかも分からずにいた。

でもそんな気持ちにも私は聞き分けのよいフリをして自分の心にフタをしてしまっていた。

心にフタをするという無意識の癖は、私の怒りを少しずつ増殖させていった。

その日、彼は会いに行くと言ったきり、夜中3時ぐらいまで戻ってこなかった。

連絡もなかった。

その状況に私の本心はとても不満を抱えていたのに「まぁ、遠方はるばるなかなか会えない友達が来てるから、積もる話もあるんでしょう…」とまた聞き分けのよいフリをして自分の心にフタをしてしまっていた。

しかし彼は私がこんなに不満に感じてることを全く意に介してないかのように気持ちよく酔っ払っている姿。

それを見た私はまた怒りがどんどんと膨らんでいった。

我慢に我慢を重ねた私の怒りはもう止められなかった。

さらに事は悪化させるかのように、彼は何と次の日の午前中にも私の制止を振り切って出かけた。

その日の夜、友達と私たちでご飯を食べる約束をしていたのだが、夕方になるまで全く連絡してこなかった。

私はその状況に突然、心がクラッシュした。

そして私は我慢しきれず彼に電話し、狂ったように怒鳴りちらした。

今までの我慢をぶちまけるように、とにかく怒鳴って怒鳴って怒鳴りまくった。

その怒鳴った裏側の心はなんだったのだろう。

ゆっくりと覗いてみた。

 

「妻という存在を完全に無視して、自分勝手に遊んでふざけるなよ!バカヤロー!」

「男のあんたは自分勝手が許されるのに、なぜ女の何故そうできないの?」

「あなたはズルい。あなたは好きな場所で夜中まで遊んでいるのに、女の私にはそうさせない。間接的に私に犠牲を強いている」

「あなたは好きな場所や環境を選べるのに、なぜ私にはそれが許されないの。おかしい。不公平だ。」

 

社会的背景や色んなもやもやした本心を我慢させ、彼の友達に対して遠慮をし、自分は犠牲になったという被害者意識という抑えつけで、気づけば私は彼を完全な悪者にして、とんでもなく大きなエネルギーを彼にぶつけていた。

 

初めはあの時の私の心は悲しくて悲しくて泣いていたんだと思う。

こんなもやもやを無視し続けた結果「ちゃんと私の存在を認めてよ!!」「まるでいないひとのような扱いをしないでよ!」という怒りのエネルギーに変わっていった。

 

そんなことを考えるうちに、ふと母親のことが頭に浮かんだ。

彼女もまた、自分でも知らず知らずのうちに我慢に我慢を重ねて、犠牲を強いられて生きていたのかなぁと思った。

母もきっと我慢の生活を続けていれば、苦しくて苦しくて死んでしまうと思ったのだろうなぁと思った。

そして私は彼のことを受け入れながらも、どこかで彼のために犠牲になったという思いに激しく抵抗していたことを知った。

 

我慢をずっと強いててごめんね。

遠慮をずっと強いててごめんね。

犠牲をずっと強いててごめんね。

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これからはちゃんとやりたいことちゃんと聞いてあげるからね。

この文章を書き終わったら、自分の心の構造がはっきりしてなんだかとてもスッキリした。