書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

「同一化」というフタを開けたら…

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ずっとずっと「何かとひとつになりたい」という破片の私が発してる欲求や衝動から行動を繰り返し、そこから今、脱皮しつつある気がする。

 

「国家」「民族」「幼少期からのトラウマ」「傷ついた私」「被害者・犠牲者意識」「家族」「子供」「パートナー」「音楽」「趣味」「資格」「やりがいのある仕事」「親友」「恋人」「セミナー」「占い」「書籍」「お酒」「タバコ」「ワーカーホリック」「依存症」「買い物」「人生の目的」「セラピー」「◯◯するための方法」「ワクワクしながら生きる」「悟り」「スポーツ」…。

 

これらは何となく心地よいキャッチコピーやイメージという幻想を抱かせ、それが私という何かを認めてくれたり達成させてくれるような気になった。

それをすると何となく完全性を得られるような気にもなった。

こんな風に現れてきた言葉やイメージにしがみついては、同一化という一時的な安心感や、そのきれいなパッケージや言葉のイメージばかりに気を取られ、実のところはそのもっと奥にあるものを見ないようにしっかりとフタを閉めていたのかもしれないと思った。

その同一化とみなした対象は、どれもこれも架空のイメージに過ぎなかったのは言うまでもない。

やはり、全ては変わりゆくものであり、また、その形はすぐに消えてしまうことにいい加減気づくしかなかった。

なぜなら、「同一化のフタ」をあれこれと変えることにも、どこかでそのワンパターンさにそろそろその遊びにも飽きてきたんだと思う。

「同一化のフタ」は一時的に心地よい一方で、どこかで違和感があってむずかゆいような感じが残ってた。

でもそれもずっと感じないふりをしてたけど、もう無理だ。

その違和感が果たして何なのかは全くもって探せなかったし、見つからないし、今もよく分からないんだけど「何か」。

 

そして、同一化のフタをそっと開けてみると、恐れ・弱さ・不安・悲しみ・恨み・寂しさ・怒り・憤り・悔しさ・劣等感・情けなさ・汚さ・暗さ・残酷さ・冷たさ・老いる苦しみ・批判・死の恐怖・蔑み・軽蔑・孤独感・罪悪感・退屈感・虚しさ…。

 

こんな世間ではいわゆる否定的と呼ばれる感情とエネルギーが狭い空間の中でギュッとひしめき合っていることが感じられた。

それをじーっと感じ、見つめていくうちに、その頑固なまでに凝り固まっていたエネルギーもどうやらずっとそこにいるのは居心地が悪そうだった。

そのエネルギーに向かってふとどうしたい?と尋ねたくなった。

すると「もういい加減に流れに沿って動きたいから解放して欲しい」「もう早くエネルギーを留めないで溶け合いたい」と言っているようだった。

するとその瞬間、そのつまり詰まったエネルギーは少しずつ流れ出し、色んなエネルギーのフローに向かって走り出そうとしているのがイメージできた。

すると、ふと、「私」と定義していたことも単なるこのエネルギーの流れの一部で、全体と溶け合おうとしているようだ。

 

そして、また「それ」は空っぽの箱の中のエネルギーの流れに気づいている「それ」でもあり、バラバラと思い込んでたものひとつひとつもまた「それ」。

 

フタを開けたら感じた「それ」からのメッセージ。