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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

生きる意味を追い続けた末に…

幼稚園から成人するまで、精神的・肉体的虐待や罵倒、憎しみあい、そしてさらには自殺しようとする家族を目の当たりにするという、そんな戦争が突然勃発する家庭。

そんな家庭で過ごしているうちに感覚は麻痺するものだ。

言い換えれば、感覚を麻痺させないと生存は難しかったのだろう。

その延長線上には、私は何でこんなつらいなかで生きているのだろうかという想いが私の頭から離れることはなかった。

危険な場所に居続けなければならないという苦痛から逃れるにはそれを考えずにはいられなかった。

そうすると、その意味というものがなければ私は生きていけないような気持ちに取り憑かれていった。

だから、死に物狂いで探し掴んでみては、納得のいく生きる意味というものを頭で考えては固め続けていた。

国、仕事、名前、お金、権力、誰かの役に立つこと、親や他人から認められること…。

外にある色んなものを基準に生き続けていた根っこのない私。

それを信じて込み突き進んできたはずだったけど、どこかですぐ無気力な自分になるという結果ばかり。

振り返れば、私は相変わらずあの幼稚園の頃の自信のない殻に閉じこもった自分のままだったのだ。

それに気づくともう生きる意味とやらもなにもかも放り投げたくなった。

外側に振り回され続け、自分を無視する日々はうんざりだと、初めてその子は震えながら口を開いた…。

初めて私に訴えてくれた言葉かもしれない。

泣きそうで弱々しい声。

それがまぎれもなく私の本音というものだった。

私は彼女の声に従って、なりふり構わず全部捨てた。

それでも私は相変わらず私は生きているし息をしているし、存在している。

この存在がただ嬉しさで溢れた。

生きてる実感があった。

血が通った感覚。

生きているから生きている。

何が起こっても、私は相変わらず存在していることに触れられた。

 

例えば、雑誌に書いてあるような外側の人が書いた条件を満たせば幸せなのか。

今はハッキリとNoと言える。

◯◯を食べれば私は幸せだ。

そうじゃなくて、私は今、最も幸せに感じるものを選んで口にしているから幸せなんだ。

結婚したから幸せ?

違うよ。

私の心が求める人と生活をともにしているから結婚したし、そんな毎日を感謝できるから幸せな気持ちが続いてるんだよ。

子供がいれば幸せなの?

それも、違うよ。

私の愛する人と結婚生活を過ごすうちに、子供を持ちたいという心が自然と湧くものでしょ。

そして二人の信頼が深まって、新しい体験をしていくのが子供を持つことだし家族になるっていう私の定義なんだよ。

表面的に友達の数が多いから幸せなんじゃなくて、心から望む人と共に時間を自由に時間を共有できるからから私は幸せなんだよ。

人の目を気にして生きて、否定されずに生きることは誰も幸せにならないよ。

自分の感情を信じて行動していくことが幸せにつながっているんだよ。

どんな小さなことでも、今この瞬間の自分の感覚を信じて選び続けていくことが生きてて幸せになれるんだよ。

それにひとつひとつ感謝していける力が幸せのもとなんだ。

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心から湧いてくるもの、身体が向く方向、あの幼い頃の私の小さな声を聞き逃さないよう耳を澄ます。

 

昔から泣き虫だった私。

でももういくらでも泣いてもいいよと許してあげたい。

今まで泣けなかった分、怒りたかった分、全部全部私が受け止めるよ。

そして、今まで死なずによく頑張ったねと心から褒めてあげたい。

今まで生きててありがとう。

これからもよろしくね。