書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

見つめ、見送る想い

自分の心の中にあった重たいしこり。

この一つの生命の存在について。

私は生きててよいのだろうか。

私は存在しててよかったのだろうか。

私はなぜ存在しているのだろうか。

私という生命の価値が果たしてどこにあるのだろうか。

実感できずにもがいてた。

感じられないままでもすごく不安で、今もなお生き続けてた。

親に聞くのもためらわれたこの質問。

「私は生きててよかったの」

親から死刑宣告されるのがずっと怖かったから。

だから「誰かに役に立つ」ということを価値基準として目をそらして生きてた。

でもそれは私には何の喜びはなく、自分の生命を犠牲にした生き方と化し、自分を最も苦しめることになった。

 

その想いをじっと見つめた。

深く深く見つめた。

今までの生き方を見つめてみた。

 

すると、まだ痛みに震えてじっとうずくまってる幼稚園の私が残ってる。

あの激しい暴力から逃れようと殻に閉じこもって冷凍保存したままの私。

あの時からずっと、誰も信じてはならないと固く誓った幼い頃の私だった。

そこへ、隣に寄り添って優しく手を握り、もうそんな考えに縛られずに生きたらいいよと抱きしめる女性が突然現れた。

ただ、ぎゅっと抱きしめる女性。

それは紛れもなく私自身だった。

しばらくすると、生きてる意味なんてないんだからと優しく教えてくれた。

あなたは気づいてないけれども、ただそこにいるだけでその生命を喜ばれていたんだよ。 

あなたが今、甥っ子に感じることと同じように。

あなたが子供を見て、その姿をとてもいとおしく感じるように。

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長年の、私自身の生命への想いを見つめ、見送った今日という一日。