書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

花であること

はいつも私の心に寄り添ってくれる静かで聡明な存在。
彼女たちは自分の姿を通して、さまざまなことを語りかける。

『美しさ』

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『純潔さ』

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『柔らかさ』

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『凛とした姿』

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『鮮やかさ』

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『完璧な色彩と調和』

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『決して媚びることない誇り高さ』

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『慈しみ』

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『自分らしさ』

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『可憐』

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『独自性』

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『成熟さ』

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『光』

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『完璧さ』

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私は。
花でもあり、花びらでもあり、葉っぱでもあり、木でもあり、土でもあり、根っこでもある存在。

私は。
空でもあり、雲でもあり、青でもあり、白でもあり、陰でもあり、光でもある存在。

私は。
波でもあり、水でもあり、海でもある存在。

私は。
母でもあり、父でもあり、兄弟でもあり、子供でもある存在。

目に映すもの全てが血流となり存在しているのが私。

そして私は。
この一滴一滴の血流を静かに見つめている観察者という存在でもある。

だから、何にでもなれる。
静かにイメージさえすれば、何にだってなれる。