書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

それはゴミか、宝物か…。

小さい頃、父親から聞いた話。
父親の時代、「ホルモン」は日本人が食べずに捨てたことからつけられた言葉だそうだ。

「放るもの」

こんなものは食べられないと「ゴミ」と決め込んで、切り捨てた人がそこに存在した。

それを「朝鮮人・韓国人」はそれを拾い商売を始めた。
そこにはお金を生み出す「宝物」と決め込んで、ゴミを拾う人が存在した。

そこには「ゴミ」として捨てる人がいた。
そこには「宝物」として拾う人がいた。

じゃあ「ホルモン」の立場から、喜んで選ぶのはどちらの人だろう。

ゴミはそこではゴミかもしれない。
でも、どこかでは宝物かもしれない。

感情も同じ。
それを「ネガティブ」だと躍起になってかき消そうと、捨てようとしたのはどこの誰?
それは本当?
過去の私はこれらをとても汚いもの扱いし、しかめっ面で捨てる側だった。

でも、今は違うようだ。
かけがえのない私の一部とも見える。

大切に拾って、大切に洗って、慈しみ、磨けば「ゴミ」は「ゴミ」じゃなくなり、「宝物」となり私の大きなエネルギーとして味方にすることもできるのだ。

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どう決め込むのかも私の自由。