書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

光と影のブランコに揺られながら…

いつもの場所のこの風景。

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いつもただそこに在る花。

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煌びやかなお花も枯れていけば、土に還る時がやってくる。

枯れたことは終わりでもあり、また始まりの合図でもある。

咲くことを光と決めたのは誰?
枯れたことを影と決めたのは誰?
そして、それは本当?

枯葉もすべて、次の栄養につなげるために全て必要なこと。
よいも悪いもなく、全ては必要だから、つながりながら黙って存在しているだけ。

親という影は私に人生の目的という希望の光を気づかせるために、その成長を加速させるために存在してくれていたし、仕事では私が影となり、きっとどこかの誰かを光輝かすことを支えていたのだろう。

それはどこにでも、
どんな人間関係にも、
どんな環境にも、
どんな状況にも存在している光と影。

今まではその光と影のブランコに不安定に揺られながら、揺らされて、時に翻弄され、すっかりと呑み込まれ、暗闇の洞窟に追い込んでた。
そこから絶望や孤独や否定や罪悪感という深くたくさんの闇の風景も見てきた。

今までの流れは、煌びやかな光ばかりだけを見るよう仕向けられていたけど、それももう限界。
きっともうすぐひとつの世界は閉じられ、新しい世界がゆっくりと開かれるだろう。

今、ここからは…。
このブランコに揺られるのではなく、私がどのブランコにするか選び乗り、揺らす時が訪れた。

このブランコには一体
どんな光の要素があるのだろう。
どんな影の要素がよいのだろう。
こう問いかけてみて、光も影もじっくりとまずは見つめる。
そして、光も影も愛しながら進んでいけるブランコを選ぼう。

もう私は自分に選ぶ許可を与えたから。
もう私は自分に権利を与えたから。
もう私には自分の声を聞く時間を与えたから。
もう私には自分に優しくすることを与えたから。
もう私には自分に自由自在を与えたから。

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いちばんお気に入りのブランコに乗りながら、光と影を交互に眺めて、そして光に変容させる毎日がいい。
そんな生き方が、今の私にはちょうどいい。