書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

人生はドラマを見るように…

私というものを見つめれば見つめるほど、私がどんどん消えていく。
私を証明することなんてなにひとつできなかった…。
私のことなんて、さっぱり分からなくなってきた。

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国、名前、国籍、所属、身体、戸籍、家族、生年月日、血…。
今まではこの破片を私の全てだと思い込もうと、さんざんもがき苦しんでた。

でもこれも私が書いたドラマのシナリオに過ぎなかった…。
まぎれもなく私が書いたシナリオ。
私は私以外の全てだったこと…。

その「よく分からない存在」は遠いどこかで、一部のチャンネルをひねり、私という身体を使い、ずっとその私という人生という断片的なチャンネルをずっと視聴している。
チャンネルをひねっているのも、その中で演じているのも、その中の登場人物や場所も状況も全て「よく分からない存在」のいたずらだった。

そしてそのチャンネルさえひねれば、すぐに自由にどんな風にも変容できる。
そして、どんな番組を見たいのかをインプットするのも全て「よく分からない存在」。

今日の私のシナリオの断片はこうだった。

夕方、うちの向かいに新しい人が引っ越してきた。
その瞬間、心の中で緊張感が走った。

「自由を侵されてしまう」
「人に見られることの恐れ」
「分からないものに対する恐れ」
「人は私から自由を奪おうとしている」
「私から自由を奪う人を許さない」

こんな私が作った恐れだらけのドラマのシナリオ…。

ーその恐れはどこから来てるの?
支配者と被支配者の構造。
小さいころの経験から来てる習慣的感覚がまだ私を覆っていた。

ー実際はどう感じるの?
恐れも単なる身体の反応の一つ。
自然な流れの一つ。
時間が経てばきっと大丈夫。
様子をみれば大丈夫。

そして、ふと目の前のチャンネルを切り替えた。

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老いは醜い。
老いは怖い。
だから、老いは悪。

こんな思いから始まり、この現実から目をそらさせ、また私の恐怖を増幅させようとする動きを感じた。

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そして、強調するかのように、この写真の姿を見ながら説得しようとしてた。
若い方がいい。
若い方が美しい。
若さは素晴らしい。

…きっと、昔ならばこの対比で終わっていただろう。
でも今日の私は、これで視聴を終わらせたくなかった。
私のシナリオはもっとその奥に進みたがっていた。

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老いは一章が終わること。
その終わりは新しい始まりの合図。
死は再生に近づいている証。
死を迎えた瞬間に、新しい生が始まる。
老いも若さも全部、同じ生命の一部として繋がっていることを強調してくれている。
すると、老いを楽しみに過ごせるような感覚に変わってきた。

私はもっと素晴らしいシナリオを創れる。
初めから私は全部分かってるんだ。
だから私は何でも作れるんだ。

今、この瞬間にも、色んな物語がただずっと続いていく…。
私がどんな形にもできる物語。