書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

光も、闇も…。

光と闇。
今日は時間をかけてじっとその先を凝視しながら見えてきたものを書き留めておく。

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静寂という光には、寂しさという闇。
快楽という賑やかで華やかな光には、虚無感という闇が。
人と群れる喜びの先には、自分と向き合うことを忘れ、流され自分を見失い翻弄される闇。

深い悲しみという闇にじっとうずくまってた先には、寛容という喜びのエネルギーが授けられていた。
止まらぬ涙のもっと先を見つめると、水で心をきれいに洗い流してくれる光を見い出せた。
怒りという闇をじっと追ってみると、自分の心を助けたいと強く望む救世主の光だった。

出会いという喜びのずっとずっと先に見えてきたのは、別れや裏切りの暗闇があった。
個の自由のために注いだエネルギーは、集団というベクトルには届くはずはなかった。
文化を越える恐怖の先には、見たことのない素晴らしく美しい世界が。
孤独という闇の先には、自由の光。
偏見と排除という闇の先には、集団を存続させ守りたいという切実としたエネルギーが流れている。

光をじっとみれば必ず闇が見え、闇をじっと待てば光が見えてくる。
心が暴れても、泣きわめいても、ただじっと辛抱強く見ていく…。

するとそこには、絶え間なくひとつの場所から溢れてくるエネルギーがあるだけだった。
光と闇はまるで、同じ宇宙エネルギーというお母さんから血を分けて生まれた双子のようだった。

闇だけを切り捨てず、怖がらず、堰きとめることなく、突き放すことなく、目をそらさずに、じっと見つめてみる。
すると必ず両方の視点が必ず見える。
偏ることなく両方を十分に見たあと、そっと自分にこう尋ねる。

『私のこの選択は心地いいの。私にはどの方向のエネルギーがふさわしいの』

闇にうずくまるのも私。
光を学んで進むのも私。
選択は自由。
どう学び終えるかも自由。

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光と闇も私の大切な生命エネルギー。
そう思えば怖いことはないもない。

両方と仲良く手を取り、調和の道へ。