書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

一年前と今と未来

一年前の写真。

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韓国で結婚式を挙げた日。
そこからもう一年。
あっという間の一年。

一年…。
そこから何か変わったのかな…。

外側が変わったことと言えば、国・人間関係・生活スタイル。
国を変えたと同時に、積み上げたと思い込んでたものをほとんど切り捨てた。
実質上、空っぽになった。

空っぽから自由な時間ができたと同時に、色んな喪失感や無力感や罪悪感や戸惑いがいきなり私を襲ってくる。

人並みに社交的だったと思うが、今は激しく内向的。
ひとを避け、時間を見つけては内側の自分と対話するようになった。
そして最近はひとといると、相手が私に何をしてほしいのかというニーズや、私と接する目的が以前よりももっともっと見えるようになってきて疲れてくる。
古いときの自分自身を見ているように。
ひとといると外に目が行き、内側に自分を向けることの難しさを感じ、いらだつ自分もいる。
あぁ、旦那と週末に時間を長く過ごしていると感じるストレスはこれだったのか…。
最近は旦那も遠ざけることがある。
なぜなら、油断すればすぐに目の前のひとを強烈に批判している自分が暴れている。
そしてそんな自分に罪悪感。
一番近くにいる旦那や今いる人たちの裏側から見えてくる自分の色んなものに強烈に反応し暴れる。

何が見えるのかと言うと…
人にどうにかしてもらおうとしている依存的な自分とか。
強烈に支配的な自分とか。
相手に頼ってはいけないという自分の抑圧やら。
自分は何もできないのではないかという無力感や情けない気持ちで泣きたくなる。
私の居場所ってこの地球にはないんじゃなかろうかとか…。
そんなプラスとマイナスのエネルギーと感情がランダムにそしていきなり出てくる。

私はなんでオーストラリアに来たの?
単に結婚したって理由だから?
その先は?
こんな質問に焦る自分…。

多分、全部自分に腹が立っていること。
今の自分には形が何もみえないことへのいらだち。
自由にできないことへのいらだち。
誰も自分のことをわかってくれない、と思っている被害者意識の自分。
そんなふうに自分をいじめようと罪悪感を植え付けようとしている自分。

私は本当によく頑張ってきたと思う。
自分で今までよく生きてきたと思う。
死にたいってこともあったけど、でもそうしなかった自分。

私のニーズが突然出てきた。
「もっと色んな私を認めて」
こんなプラスとマイナスひとつひとつの心を均等に見て欲しがっているようだ。

今私に必要なこと。
自分との対話時間。
自分にもっと優しくしてあげる時間。
自分にもっと時間を与えること。
自分の心にもっと関心を持ってあげる。
心の動きにただ、ただ寄り添う。

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泣きたければ思い切り泣けばいいし、
怒りたかったら思い切り怒ればいいし、
楽しければ思い切り楽しめばいいし、
嬉しければ思い切り喜べばいい。

したければすればいいし、
したくなければしなければいい。

私の未来と感覚は、まるで雲を掴むような、目には見えないとても大きなことのようだ。