書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

内なる威信〜Inner Authority〜

久しぶりの雨。

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今日の天気はありとあらゆるもの全て水に流し去り、不要なものを取り除いてくれていました。

今日は大天使ラファエルさんのカード。
ラファエルさんは主に心身の健康についてのアドバイスをしてくれます。

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「内なる威信」
「何か」にアクセスしているようす…。

今日も重みと深みのある言葉。
じっくりと味わってみよう。

威信とリンクして思い浮かんだ単語が「こだわり」。
こだわりを辞書で調べてみると、光と闇のエネルギー側面が意味として記されていた。

「とことん追求する」という光。
「難癖をつける」という闇。

私の経験からのキーワードはこうだった。
光のエネルギー「言葉」へのこだわり。
闇のエネルギー「民族」へのこだわり。

民族へのこだわり。
それは、二つの国の中で揺れる私の拠り所として求めるための負のエネルギーだった。
その結果と言えば、外に対する勝手な期待とその期待外れ。
それが恨みとして自分に戻ってきた過去の苦い体験。

言葉へのこだわり。
最近の日本語講師の経験はもちろんのことだが、その源泉を更にさかのぼってみると、純粋な頃の学生時代の頃。
それは「好奇心」という純粋な正のエネルギーだった。

小学校の頃、ことわざの意味をひとつひとつ調べては、その奥深い心を感じることがとても楽しかった記憶。
教科書で読んだ夏目漱石の「こころ」に衝撃を受け感想文を夢中で書いたこと。
日本語講師という日本語や言葉を扱う仕事を続けてきたこと。
この学生時代の源泉は、長年の廻り道を経ながら、仕事でこだわりというエネルギーを発揮し、そして素晴らしいエネルギーに拡大していった。

長年の仕事の中で、講義のために作られた資料やその他の作業には、最終的にこんな想いがぎっしりと込められるようにまでになっていた。

まずはこの講義の目的とゴールを定めるため、マネージメントその先のお客様、そして受講者のニーズを徹底的に耳を傾けた。
それと並行し、受講者のレベルを把握するためのレベルチェックテストの作成しテストを実施し評価を付けた。

そして資料も気づけばたくさんの心を込めていた。

全体を見やすくするための、字体と大きさの統一感。
一回の講義で与えられた時間配分にふさわしい適量の情報量に調整した。
そして1ページは聞く相手への配慮を込めて情報量が多くならないように注意を払った。
そしてその1ページ1ページそれぞれにきちんと繋がりをもたせることも意識した。
そして、基本中の基本ではあるがとても大切にしていたこと。
それは一文字一文字に魂を込めるように正確に書くことだった。
なぜなら自分は日本語を扱った仕事をしている。
そんな日本語講師が外国人の前で文章の基本である言葉の誤字、脱字を社員から指摘されることはこの上なく恥ずかしいことだと思っていたからだった。
また、この資料は不特定多数の人たちが見る。
そこに誤字脱字があれば、それをまた誤解してしまうこともありうる責任も私にはあると思っていた。
何度も何度も推敲し、その作品を創り上げた。

そしてこの「作品」を使い、リハーサルもしながら、当日の講義に挑んだ。

講義を始めるまえはお互い笑顔、そして挨拶の一言で雰囲気を整える。
資料の中の文字情報で伝わりづらい部分は対面で熱意を持って伝える。
また、講師だけの一方的なアウトプットにはせず、相手に自ら考えアウトプットしてもらうため資料に問いかけを加えては双方向のコミュニケーション。
さりげなくそしてまめに送る全体へのアイコンタクト。
参加する人によって変わっていく空気を読み取りリードする力。
そんな難易度の高い講義の中、自ら作った資料は、私に大きなエネルギーを与えてくれ、講義中の心強い味方、素晴らしい相棒でもあった。

そして、数ヶ月に渡る講義を経て、最後はもう一度テストを行い、講義前後の効果をきちんと結果として出せるようにクロージングした。

これら作業には永遠に終わりはなかった。
私を含む参加者たちの放つエネルギーをどう光に変えていくのかというエネルギーの渦の臨場感と奥の深さが何よりも面白かった。
講義が開始する最後の最後まで修正をかけるといった具合に、気づけば夢中で資料の中に想いをぎゅっと詰め込んだ。
今振り返ると、この純粋な想いを込めれば込めるほど、正のエネルギーが拡大するのを無意識に身体が知っていたのだろう。
するとこのためにエネルギーを使っても使っても疲れず、時間を忘れて続けてしまっていた。
よくよく考えると、そこは私が心から自由に表現し形にする「遊び場所」だったのかもしれない。
何の制限もなく表現できることの喜び。

相手のニーズを聞き、その為に必要な資料を書くというエネルギー。
そして資料を使って自分の伝えたいことを口でアウトプットする一連の流れは完全に調和していた。
そして私にとって喜びという結果に変わっていたのだった。
全ての動作に努力といった無駄な力はなく、抵抗なしにスーッと時間が過ぎてしまうような感覚だった。
宇宙との摩擦のない自然の流れに乗っていたのだろう。

この喜びに改めて気付かされたのは、日本でのセミナーに参加した時だった。

セミナー当日、私が注目していたのは、部屋の中のモノの置き方やレイアウト、そしてセミナー全体の進め方の説明や席の配置などの段取り、資料の中身、そして講師の進め方などだった。
そんなことを雑談交じりに参加者と話をしていると、インテリアの仕事をしているある仲間は、家の中のハリや配管が気になるという話を聞いてとても新鮮に感じた。

同じ空間にいるにも関わらず、人によって同じものを見ていても全く観点が違っているのがとても面白かったのだ。

これは私に何を伝えてくれているのだろうか…。

これはすなわち、その人が持っている好奇心が正のエネルギーを巻き起こす大きなヒントだと知った。
そしてその好奇心の観点でそれぞれが繰り広げている遊びなんだとも知った。

そんな好奇心からくる「こだわり」。
ここに好きやワクワクという源泉を探ることもできるとまた一つ知ることができた。

こんな好奇心からくる純粋なこだわりこそが、その人個人に備わっている内なる威信。
その沸々と湧くエネルギーを動かしてくれるのをいつかいつかと待っていてくれていたのだ。

そして私にとっては「言葉遊び」というシンプルなことが、宇宙へ届くエネルギーのアクセスポイントだった。

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さぁ、また明日も言葉遊びで真実の階段を登ってみよう。