書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

簡単に、純真に〜Simplicity〜

今日からオーストラリアはイースターで三連休。
クリスマスに続くビッグイベント。
私も初めて知ったのですが、キリストの死から三日目に人間から神に甦ったお祝いで復活祭と呼ばれるんだそうです。
そして、春分の日から数えて初めての満月の日曜日がイースターというのも興味深い。

環境を変えてみると、祝日から国の考え方が垣間見えるようです。

今日は久々にカードを引いてみました。

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自然の中でただただ走るユニコーン。
そして他の動物もおのおのの方法でくつろいでいる様子。
自然体でそして調和の取れた世界…。

私の生まれて育った環境はこのカードの様子とは対極にあった。

東京に生まれ東京育ち。
典型的な都会っ子だった。

東京…この場所は世界中の一流のモノが一堂に会し、便利・流通の速さという眩い光の場所。
そしてその眩さに惹かれるように外からたくさんの人たちが訪れる。
しかしその裏には、満員電車の人混みや忙しさの波に呑まれながら、足ばやに来ては去る人たち。

他の人たちのペースを乱さぬよう足早に歩く人たち。
これだけたくさんの人たちがいるのにただすれ違うだけの空虚な場所。
たくさんの商品に心奪われ、自分の心を置き去りにしてきた場所。

そんな闇のエネルギーも垣間見える場所でもあった。

私は東京で育つうちに「効率」「スピード」「忙しい」「より多く」こんな価値観が刷り込まれていて、それはそのまま仕事の価値観にも反映されていた。

数をこなすためにスピードを上げる。
より効率をあげるために、より早く。
より多くの社員に教える。
より多くの社員により多くの内容を教えるために資料を効率化する…。

もっともっともっともっとたくさん。
キリがなかった。

このサイクルを繰り返すうち、空っぽになった身体と心は外の酒場でうさを晴らす。
自ら負のエネルギーをただひたすら作り出しては疲弊していた。

ここからもエネルギーの循環がよく見えてくる…。

若い頃の私は、お金を稼ぐということだけを目的にして単調な仕事を選んだこともあった。
それはすぐに飽きてしまい次第に負のエネルギーに変わった。
そしてそのうっぷんを晴らそうと爆発的な消費に走った。
ひとたび消費という負のエネルギーに走れば、それは数々の依存症の危険が潜んでいた。

あの頃は、自分の身体や心を癒すためのお金や時間を費やすことを全く知らず、お酒で自分の健康を損なうようなエネルギーは健康やたくさんのお金を失うことになった。

その後、中国で仕事をしていた頃は好きというエネルギーは保っていたものの、スキルが上がれば上がるほど、収入という受け取るエネルギーが縮小しバランスを崩していたこと、また、会社の数字重視の方針に対し、質を高める自分の価値観も衝突し、これもやはり負のエネルギーをもたらしていた。

本当にたくさんの回り道をしながら、負債ばかりを背負っていた自分。

ここから学べることはなんだろう…。

すると、答えは自然と分かった。

まずは質の高い正のエネルギーの循環を保つこと。
この正のエネルギーには純真な感情が伴っている必要があること。
喜び、好き、ワクワクする、好奇心。
こんな寸分の狂いもない純真な心地よい感情。
それをきちんと確かめる必要がある。

そして自分にとっての「ちょうどよいエネルギー」を知っておく必要があることも分かった。
ちょうどよい量で自分に与え、そして外に流すエネルギー。
そんな適切なエネルギー交換を意識し行動する必要があることにやっと気づいた。

これと同じ原理を日常の中の行動と当てはめてみた。
食べるというインプットが多く、運動というアウトプットがうまくできてないならば、不健康という負の結果。

人にモノを与えるばかりで受け取ることを拒否すると心のバランスを崩すという負の結果。

親が過剰に子供に与えすぎたり構いすぎる結果、成長ができずより依存したり、感謝の知らない、強いては親を疎ましく思う子供という負のエネルギー結果。

こんな日常の一コマを眺めるうちに、このアンバランスなエネルギーも日本という環境で無意識に学んでいたことに気づいた。

日本で学んだ「人に迷惑をかけるな」という価値観や家庭環境から相手が何を欲しているのか素早く察知する能力が自然に身についていた。
察知能力が高くなると、それはどんどんスピードアップし、しまいには相手の心が欲してると感じる前に手を差し伸べてしまう行動に出てしまっていた。
すると与えられたひとは頭を動かすことなく、当たり前に欲しいものが目の前にくると勘違いしてより無感覚に陥る。
そんなおかしなエネルギー交換をしていることに気づいた。

タイミングを考えずに無差別に与えてしまうことは、時にその人の成長の機会を奪っていることにも気づかされた。

たとえば、子供がスプーンを使ってご飯を食べようとする前に、口に突っ込むお母さん。

こんなエネルギー交換を観察すると、自らが与えすぎた結果、相手がより依存してきて一人で苦労するという望まない結果をもたらしていたのだと分かった。

エネルギーの質、エネルギーバランス、そしてタイミング。
どれも大切な要素だ。

そんな今の私が望む純真なものとは…。

全ての行動ひとつひとつに自分なりの正のエネルギー循環があるのか確かめて行動する。
それは純粋な自分の喜び、好き、このような正の感情がついてくるのかを確認することだ。

そして、新たな自分への第一歩を踏み出す今の私に本当に必要なエネルギーとは。

とても簡単な衣食住の日常生活にする。
もはや私の生活には量の多さは不要で、その残ったエネルギーを質を高さに費やしたいというものだった。

多くなくてもいいから、心が動き質のよい服。
豪華やたくさんのご飯ではなく、日々の新鮮な水と野菜と果物。
大きく豪華な家ではなく、清潔で家族が心地よく全て活用できるお家。

そして、多くなくてもいいから、心から信頼のできるひとたちと心が通った密度の濃い時間を過ごすこと。

これが私の純真な自分のための簡単な望みだった。

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「ただ、わたしでいる」
自分の身体と心を感じながら生きる。
そのために必要なものはこんなに簡単だった。

まずはこの一歩から。