書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

戦士〜Warrior〜

『あなたには身を投げ打って戦ってでも守り抜きたいものはありますか。それは何ですか』

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凛とした表情の戦士。
彼の目の奥はとても輝き美しい。

戦うという言葉で思い浮かぶのは「戦争」。
私にとっては遠い昔に使われていたようなぼんやりとした記憶…。
正直に言うならば、映画やテレビで見た戦争は人が人を殺しあうという場面をただぼんやりと眺めているような、そんな夢物語のような印象しかないのだ。

私が生まれた時代と環境は、先祖の人たちが私たちに残してくれた「平和」「安心」「安全」が、生まれた時から「当たり前」のように横たわり、どうしてもその感覚や感情を味わうことができないでいる。

良くも悪くも私はそんな感覚しか備わってない…。
この「当たり前」はじわじわと私を蝕んでいた。

そんな私の人生の中で、ほんの少しだけ「戦い」を体験したのは朝鮮学校に通っていた頃。
政治的な問題によって、私たちの教育の現場は突然緊張感で張り詰め、学校に警察が立ち並ぶということもあった。
拉致問題などが報道されるとすぐ、その矛先は日本にある朝鮮学校にそしてそこに通う私たちに向けられた。
テレビで北朝鮮について報道が激しくなる度に、女子生徒のチマチョゴリを切られるという事件が起きた。
政治的な状況によって、私たちは集団下校をしたり、男の子が女の子を送るなどしながら、身近な友人をお互いに守りあった。
ある時はチマチョゴリを着ずに、運動着で登下校することもあった。

こんな風に明らかに目に見える敵がいると分かった時、人は一致団結し、自分たちを守ろうという体制に入るのだと知った。

しかし、私たちの時代は、このような目に見える敵は確かにいなくなった。
しかしその代償としてなのか、「目に見えぬ敵」がとても複雑にそして水面下でじっと息を潜めていたのだった。
そう、身体は死ぬことのない「見えない敵」。
ゆっくりと、そしてじわじわと私たちの身体と心を支配するような…そんな感覚。

私はそれがずっと気になっていた。
でもその存在が一体どこにいるのか全く分からなかった。

ある時は「虚しい」という感覚。
またある時は「寂しい」という感覚。
そして「孤独感」。
またある時は「自分には生きてる価値があるのだろうか」という感覚。
そしてまたある時は「生きづらい」と感じる感覚。

そして、この戦いは私の身近な人にも私が想像もしない形で現れていた。
母は最後の子供を生んだ頃から長年、不眠症に悩んでいた。
その眠れぬ原因も分からぬまま、長年薬と付き合っている日々。
そして、それを家族である身近な人に理解してもらえない別の苦しみ…。
彼女はもしかしたら、身体と心両方の苦しみにいるのではないだろうか…。
ふとそんな風に思った。

すべて何となく感じるものばかり…。
何となくだから大したことないと無視し続け、本を読めば、薬を飲めば、他のことをすれば、カウンセリングを受ければと心を埋め、かき消しながらやり過ごす日々…。
そしてその何となくはどんどん私たちを蝕む…。

「一体この正体は何なのだろうか」

これは…もしかしたら「見えない敵」…。
今日はこの暗闇で見えなかった敵に光を照らす日のようだ。

そして、ふと思った。
これと関連しているのは慢性的に抱えている「何か」なのかもしれない。
そこに重要な鍵があるのかもしれない…と。

この慢性的な何かをもたらしている心が、もしかするとずっと「敵」と認識することができずにいたのではなかろうか…と。

じっとこの見えない敵を敵と見なすことができなかった始まりを考えてみた。
それは、私たちの生まれた環境に隠されていたようだ。
そうだ。数多くの「安心」「安全」「平和」そしてそこからくる「当たり前」そして「無感覚」という自らの心に潜む敵だった…。

そう、そしてこれは私たちよりももっと前の人たちが残してくれた「平和」という光と同時に与えられていた暗闇でもあったこと…。

その当たり前に光をあててみると、堰を切ったように言葉が飛び出てきた。

日本の道が安全なのは当たり前。
日本の食の安心は当たり前。
親は子供の面倒を見るのは当たり前。
家にテレビがあるのは当たり前。
父親はお金を稼ぐのが当たり前。
母親は子供の面倒を見るのが当たり前。
家は安全で高品質なのは当たり前。
毎食、ご飯が用意されるのは当たり前。
子供が親に従うのは当たり前。
安全な家に住めるのは当たり前。

当たり前、当たり前、当たり前…。

気づけば私の生活にはこんな当たり前だらけ。
この当たり前の生活に、感謝はおろか無関心・無感覚という見えない敵を自ら抱え続けていたのだ…。

その敵は目の前で一生懸命家事やご飯を作る存在を。
一生懸命お金を稼いできてくれる大切な存在も。
目の前に毎日置かれている食事にも。
全部無感覚で、そしてその誠意を無視し続けてたこと。
私はいつの間にかこんな感謝も想像力のかけらもないロボットに変わっていた。

戦争のない平和な光の中、私は感覚のかけらもない影を落とし続けていた…。
そしてこの慢性的なこの無感覚を「快楽」で埋めることしか知らなかった。
「快楽」とはよく言ったもので、より素早い方法でより楽な方法で…感覚を鈍化させる方法にばかり手を出した。
お酒、タバコ、仕事、恋愛、モノ…。
とにかく快速の手段で、この目には見えない心の痛みを楽に埋め合わせをしようとしていた。
ラクはそう長くは続かず、そしてまた同じことをいつまでも繰り返す日々…。

そんな私たちの鈍化した感覚を見透かしてか、更に「どこかの誰か」は私たちを利用し続けた。
身近にあるテレビや新聞から、その情報操作は始まっていた。
ある時は快楽、またある時は恐怖を煽り私たちに色んなモノを提供する。

そしてそれは私たちが長年慣れ親しんでいた食べ物とも関連していた。

そして、みんなが食べるからと当たり前のように食べ続けていたジャンクフード。
みんなが飲むからと当たり前のように飲み続けていた砂糖水やお酒。
いつも広告を目にして安いからという利益の面で当たり前のように買っていた数々のものたち…。

突然、じっくりと私の手に広げて見た時、どれもこれもゆっくりと私の身体を回っている毒ばかりだった。

これは半年以上テレビを見なくなった頃急に気づいたことだった。
悪夢から目が覚めた瞬間だった。

こんな風に私は平和を得た影の代償をずっとずっとずっと支払い続けていたのだ…。

『これは私が本当に望むものではない。』

身体と心が目覚め始め、動き出した。
そして今日は直感に従いCDを使い前世の点も辿ってみた。
今日は二人の過去の私が姿を現した。

一人は遠い昔、自然の中で生き、文章を書いている私。
そしてもう一人はレムリア時代にいた私。

どちらも「真実」を口にすることを抑圧され、そして葬られた人生だった。

火あぶりで処刑され、真実を口にすることをかき消すために迫害された人生。
それを仕掛けたのは全て人間だった。

もう二度とそんな風に口を塞がれたくない。
そんな想いが私の中からこみ上げてきている。

今世はもう二度と口を塞がれたくない。
誰にも、社会にも、国にも一秒たりとも支配されたくない。
本当の自由を生きることが何なのか。
そんな想いがとても強い。
どこまでも自由を追求する生き様をこの世界に突きつけてこの一生を終えたいのだと。
全身で私に訴えてくる。
それが私の「召命」でもあるのだと、この手をつたい、言葉を使い教えてくれている。

そして、現代を見渡せば、時代は変われど、大昔と全く変わらぬ方法で人をコントロールする構図がよく見えてくるのだ。

「お金儲け」という甘い言葉で誘い、一部の支配者がコントロールする姿。

私の目の前に見える「ダウト」たち。
今の私はそれを静かにじっと見つめている。
私は彼らの一挙一動をよく見つめ、よく観察し、その奥底の心をじっと見つめている…。

お金でものを言わせる支配者。
お金もうけを餌に情報を売る人間。
利益や結果などおいしい餌を匂わせ人を動かしお金を動かそうとする人間。
こんな人間たちを私はじっくりと観察している…。
彼らの頭の中の真相を覗くため、彼らの一挙一動をとても繊細に眺めている。

「ギブアンドテイク」や「利益」をスタートに展開する世界。
私はこの世界にいられないことを知ってしまったのだ。

私が求めている世界とは…。

『真心から始まる世界』
『真心とは私の身体と心を真剣に考えてそしてしてくれる行動』

利益や戦略、計算、マーケティングやテクニック、そして押し付けの意見やおせっかい、こんな世界は一切いらない。
刹那的に快楽を感じるなぁなぁの関係、そして結局はその対象に依存させる関係は私には一切必要ないのだときっぱり宣言したい。

『真に私の自由を認め、自立を促してくれる暖かい眼差し』

それが私の真の心。
そんな私の真の心から出発した関係を望むのだと何度も何度も叫んでる。

そして、もう一度過去の私が懇願し、叫んでいる。

私はもう何者にも屈したくないのだ。
私はもう何者にも妥協せず、自分を満足させることだけに命を捧げたい。
今までをはるかに越える自由の世界に行きたい。

そのために今、心を鋭く研いでいる。

昔の戦うはどこか悪いものを消そうと殺すという方法だった。
これは今の私には必要ないのだ。

今私が立ち向かうべきは、繊細な感覚で自分自身の身体と心の動きに集中すること。

日常で、自分で自分を傷つけている食べ物はないだろうか。
私の価値観を軽視する状況にちんとNoを言えているのか。
私の心と身体を健やかにしてくれる環境が何なのか。
この態度は真心から来ているものなのだろうか。
ひとつひとつ自分の感覚にしっかり寄り添い真剣に尋ねている。
心の痛み、身体の痛みがあった時、これは一体どこから来たものなのかじっくりと時間をかけて寄り添う。

これが普段から自分の身を守り、敵を寄せ付けなくするための新しい戦い方。

自尊心を守る。
これは自分の心と身体を敬いながら接する心。

もう一度カードをじっと見てみた。

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カードの彼は剣を持っていない。
いや、剣で外を突き刺す必要がないと分かっている聡明な目を持つ勇士。
自分の身体と心、真の心をしっかり守る勇士。

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まだ暗闇は多いけれど、暗闇の中から月の光を見つけ、そして自らその光であれ。