書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

好奇心の目、恐怖心の目〜Curiosity&Fear〜

今日はユニコーンカードの出番です。

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ツノを見て、とても鋭い目で見つめている猫。
とても不審そうに、用心深く見つめながら警戒する様子。
そして、その猫の様子を意に介さない様子のユニコーン。

今日も面白そうな物語がてできそうだ…。

「好奇心」で思い出されたのは、高校三年生の時の初めて行った「海外旅行」。
朝鮮学校が主催する修学旅行で、私は二週間北朝鮮を訪問した。

小学校からずっと朝鮮学校に通っていた私は「北朝鮮」に対し二つの両極端なメッセージを受け取ってきた。
日本のテレビで伝えられている危険な国というメッセージ、そして学校で教えられていた同胞のいる素晴らしい国というメッセージ。

それを実際に確かめる機会が訪れたのだ。

北朝鮮訪問を前に私にはずっと暖めていた特別な想いもあった。
それは同じ民族のひとが別の土地に住んでいる。
その人たちは一体どんな感じなのだろうか。
実際に確かめて私の心で感じてみたい。
私はこんな純粋な好奇心を抱き、修学旅行へ旅立った。

結論から言うと、この二週間の体験は私をとても楽しませてくれた。

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泊まったホテルの人たちと撮った記念写真。

友達同士の修学旅行という楽しさももちろんあったが、私にとっての最大の好奇心は北朝鮮にいる人たちだった。
この写真に写っているホテルの従業員の女性と話した時間が最も印象に残っている。
とても美しい女性だった。
異国に住む同胞と同じ言語を使いコミュニケーションする楽しさ。
私は毎晩のように部屋を抜け出し、夜遅くまで色んなことを語り合った。
確か自分の国や民族について、そして「金日成将軍様(北朝鮮ではこのような呼称を使っている)」について、どう感じているのかなどを質問したのだと思う。
決して悪意や意図はなく、純粋に個人の好奇心として質問したことを彼女は感じ取ってくれたのだと思う。
今でも彼女の美しく純粋で清らかな眼で話してくれたことを忘れない。

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美しい白頭山の天地。
さまざまな楽しい思い出。

そして、今この文章を読んで見てくれている人へ好奇心で質問したい。
この下の二枚の写真をじっくりとよく見て欲しい。

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今、この瞬間に何を感じたのか…。















自分の中から出てきた今この瞬間の感覚や印象を感じて欲しい。













そして、もうひとつ私からこの質問をしてみたい。










『今、出てきたその感覚の引き出しはどこからきたものですか』


自らの心の中に出た答えをよく眺めてみてほしい。
そして、私の答えと比べてみてほしい…。
そして少し自分の感覚をじっくり眺めてみて欲しい。














私にとってこの写真から甦る感覚は…
「とても楽しく純粋で美しい思い出」

その感情の引き出しは、私が実際に目で見て、話して、体験した感覚。


あなたと私の答えと比べてみて「何か」を感じるものはありますか…。









この話の流れはまだ続く。
次に訪れた土地は留学先の韓国。
ここもまた北朝鮮と同様、同じ民族であり、38度線を越えて住む人々だった。
私は韓国で北朝鮮とは違う「恐怖の世界」を垣間見た。
留学に行ったのも、出発点は北朝鮮へ行った時と同じ好奇心からだった。
しかし韓国での生活は全く違う方向の感情をもたらした。

好奇心と期待。
期待からの裏切り。
裏切りからの怒りと攻撃態勢。
そして諦めという体験…。

闇の感覚を嫌というほど感じた。

留学先の韓国では「朝鮮学校」に通う私は「危険人物扱い」をされた。
日本よりも韓国の方がよりその視線は鋭く、時に政治的な何かを感じ取った。
会話をするときの私への視線は、私を見ているというよりも、私という形を通して彼らの頭の中にある「植え付けられた恐怖」を見ているようだった。
そんな恐怖の眼差しで見る人たちとの会話に、次第に私も警戒心を持つようになった。
そういえば、思い出した。
日本で大学に通っていた頃もまた、韓国人留学生から明らかに悪意と取れる質問を受けたこと。
こんなことが重なるたび、私は言い知れぬ悲しみと怒りが積もっていた。

しまいには原因不明の腰痛になってしまい、僅か数ヶ月で一時帰国することになってしまった。
きっと身体も心も細胞全てが死んでしまったかのような無力感だった。

もう二度とここには住むことはない。
その時、私はそう誓った。
自分が選んだ国籍の土地に住みたくないなんてとても悲しく滑稽にも思えるが、これは十年以上経った今も変わらない。

そして、またこれと似たような経験を、意外な人物から味わうことになった。

朝鮮学校を卒業した後、私は日本の大学に進学、韓国留学をきっかけに国籍を朝鮮から韓国に変えた。
その後、私が中国で働いていた場所に、おさななじみの友人の父親が出張でこの土地を訪れ会うことになった。
風のたよりで私がここに住んでいるのを聞きつけ、連絡をしてきたのだった。
そのお父さんからの言葉に私は耳を疑った。

彼が私に言った「裏切り者」という一言と恨みの感情。
自分がなぜ中国の土地でわざわざ彼に会い、なぜこの場面でそんなことを私にぶつけてくるのか。
その時は全く理解できなかったが、とにかく悔しかった。

またある時は、時を越えて、妹の結婚式の時だった。
普段、滅多に会うことのない親戚が、お酒を飲みながら私に向かい北朝鮮のことをまくしたて、私たちを非難する姿。
彼の目には朝鮮学校に通う私たちを北朝鮮とみなしているかのような口調で、恨みつらみを延々とぶつけていた。
そしてそれを黙って聞いている父の姿。

こんな心ない言葉を平気で投げ続ける人たちを私は今、じっと思い出している…。

韓国で出会った人も、韓国の留学生も、同級生のお父さんも、あの親戚のおじさんも、全く同じ眼をしていた。
恐怖心の目、そして恨みつらみ。
彼らは私の姿を通して、その裏側に映っている何を見ているのだろうか…。
おかしなことに、今日は少しそんな好奇心が湧いてきた。

私の世界には二度と必要のないこの目線の人たち。
今日、もうきちんとさよならしたいから、もう少しこの流れを追ってみよう。

その後、次に選んだ中国での生活。
ここは私にとっては「好奇心」の世界そのものだった。

この土地では外国人は珍しくなく、慣れているようだった。
タクシーの運転手、モノを売る人たち、街行く人、会社での社員はみんな好奇心と親切な気持ちで接してくれていた。
私が中国語を話せるということからも、好感を持ってくれていたのだろう。

そこで生活したトータル八年の歳月はあっと言う間だった。
そして、住み続けながら、色んなひとたちから「なんでわざわざ中国なの」という一言を聞くうちに自分の中にあったとても大切な価値観に気づいた。

私は人の違いを認め受け入れてくれる環境を心から望んでいるのだ、と…。

ちょっとした違いにいちいち過剰反応し、嫌悪感や恐怖を示す環境は私にとっては締め付けられるようだった。
そして、色んな民族や背景の人たちが常に一緒に暮らすことを当たり前のように受け入れてくれる環境があると知った時は本当に嬉しかった。

便利でなんでも揃い、衣食住の安心のある日本よりも。
長年住み慣れ、両親や友人のいる日本よりも。
自分の国籍である韓国よりも。
便利で食生活がとても好きな韓国よりも。

それを捨ててまで私が欲していたのは「精神的な承認」という環境だった。

そしてまた自分へ好奇心を持って尋ねてみる。

「あなたはこの二つの世界から何を感じ何を学んだの」

そこで浮かび上がってきたのは「単一民族」という闇の部分。
日本で生まれ、住み続けている人たちはさほど意識しないであろう「単一民族」。
これは韓国にも相通じる暗闇。

「単一」という単語は集団のためだけに使われ、唯一の個にはその光をあてられることのない時代に生まれた私。
そして集団のためだけに用意された確固たる価値観。
その価値観を教育、親、国、先生、権威者、世間は振りかざす環境。
これらの支配者という幻想が、常に私の心を支配し、唯一である私に罪悪感を植え付けた。

恐怖の目をしていた彼らもまた、その犠牲者という選択をし続けていたのだろう。
そしてその暗闇しか見ることを許されないと思い込んでいたのだろう。
私に向けたその批判という牙は、実はずっと自分に向け続けていたことが今よく分かる。

彼らがずっと自分を傷けているのだ。
彼らがずっと自分を恨んでいたのだ。
彼らが痛がっていたのだ。
だから…この過去はもう水に流そう。

そして気づいた。
好奇心も恐怖心も表裏一体のエネルギーであること。

そしてまた尋ねてみた。
恐怖心の目にどう対処するべきなのか…。

恐怖心の目はすぐにこの感情を切り離そうと批判の目となり、外側を悪者に仕立て上げる。
そして本質という光に雲をかけてしまう罠。
光を見るには、まず恐れの感覚を切り離さず、どこから来たものなのか自分の心に矢印を向け、じっと見つめる。
そしてその恐怖がわき起こった情報源、アクセスした情報は一体どこから来たものなのか。
そしてそれは私が実際に見て体験したものなのか、それとも「支配者からの情報」なのかをよく確認することなのだと。
そのうちその暗闇と雲はどこかへ消えてしまうのだ、と。

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恐怖心の目を手放す方法をを学んだ私には、いつの間にか新しい世界が見えてきた。

私の心の中で依然と大切にしている、ひとりひとりの違いを認めてくれる土地、そして美しい自然を感じる土地。
初めは未知なる世界に恐怖心が勝ったが、気づけば今は心地よく好奇心の目に変わっていた。
この素晴らしい世界を見せてくれた旦那との出会いに毎日感謝している。

ひとりひとりの違いを存分に楽しみお互いの違いを認め褒め励まし合う世界。
自然を愛する世界。

これが今、私に見えている新しい世界。