書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

召命〜THE DIVINE SOURCE〜

今日もまた薔薇は美しく咲き誇り、強い意志を表すかのように鮮やかな色彩を放っています。

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『あなたがもし、あなたにとってとても大切な誰かに呼び出され、重要な任務を遂げるためにこの世に生まれてきたのだとしたら、それは一体何だと思いますか』

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今日のキーワードは『召命』。
初めて使うこの単語は、何とも言えない荘厳な響き。

調べてみると「キリスト教で、神の恵みによって神に呼び出されること。伝道者としての使命を与えられること」と書いてある。

更に「伝道者」を調べると、「キリスト教に入るように促す人のこと」とある…。

うーん…。

この文章を見た瞬間、韓国留学中に熱心に教会に行くことを強く勧めてきた人たちを思い出した。
韓国はクリスチャンがとても多い国。
彼女たちは「何か」を強く信じているようだったが、当初は私の都合を全く無視し、私の領域に侵入してくるかのような強い勧誘には迷惑しか感じなかった。

こんな経験もあってか、宗教にまつわる単語を見た途端、無意識に「え?なんか宗教に入れさせられるの?なに?怪しくない?」といった警戒心が働く。
この言葉ひとつひとつもまた、時間の経過とともに、歪んだまま取り残されているように思えてならない。
この歪みのもっと奥側を覗き込み、この言葉の意味をもう一度私の手で探し当てよう。

それにはやはり、私の生きてた時代背景や環境を眺めてることから始めよう…。

私たちには生まれた瞬間に数々の「役割」という仮面が存在した。

たとえば、学生の頃。
私が「在日コリアンであること」について、「私は在日として、日本と韓国の橋渡しをしたいです」という最終結論に落ち着いた。

さらにじっと眺めると、覆い被さってた数々の仮面が出てきた。

いい娘、いい姉、いい学生、いい子供、いい家庭、いい旦那、いい先生、いい嫁、いい妻、いい母、いい人、いい友達、いい社員、いいトレーナー…。

数えあげれば本当にきりがない数多くの仮面と「いい人ゲーム」。
このゲームには厳然たるルールが存在していた。
「良い」という言葉の裏には「悪い」という恐怖のルール。
そのゲームの黒幕には、一部の支配者だけの利益のために用意された暗黙の価値基準が見えてきた。
その基準からはみ出た者は容赦なく「悪い」とジャッジされ、社会の隅に追いやられる。
いつ終わるのか、そしてどうひっくり変えるか全く分からない恐ろしいゲーム…。

さらにこのゲームから逃れられないよう支配者は頭を働かせ、言葉を操ることを考えついた。
神の言葉を利用し、役割を使命と称し、よりその多くの人たちをコントロールし始めた。
当時、支配者のコントロールを見抜けなかった私は、「捏造された使命と役割こそが私である」と勘違いするようになり、使命を果たすことは要求された基準を忠実にクリアすることだと誤認識してきた。
そして気がつけば、身体も心もそして時間も全て、この目に見えぬ支配者に預けていた。
しかし、頑張っても頑張ってもその基準を満たせるのは、支配者にとって便利に使える、そして聡明で支配者に限りなく忠実な一部の人間のみだった。
そして支配者は彼らを「一流」「エリート」という特別で美しいイメージでまとい、さらに忠誠を誓うよう仕向けた。
このように「支配者にとって都合のよいロボット」が造り出された。

そしてこの基準から外れた多すぎる敗者は自分を責め続ける。
私もそのゲームのルールを盲信していた大勢の中の一人だった。
このゲームをよく覗いてみると、本当の勝者は支配者だけだった。
表面では勝者と言われたエリートも、それを満たせなかった敗者も実は同じ、ゴールも方向も私個人の感覚さえも感じなくさせた敗者ばかりが生産されていた。

この敗者だらけのゲームに身体と心を預けていると、不思議なことに私の身体はそこにあるのに、私は全く存在していないかのようだった。

私はこの時間、この瞬間瞬間は全て死んでいたはずだ…。


これは本当に私の欲しい世界なの…?
そして召命という言葉を、本当の意味を知りたい…。

この言葉にある「大きな何か」に「呼ばれ」私は命をもらったという意味。
そして伝道とは、書いて字のごとく「道を伝える」ことについて…。

「大いなる何か」は果たして誰なのだろう…。
そして何を伝道するために存在しているのだろう…。
伝道、伝えるとは一体どういうことなのだろう…。

今までの私は親をはじめ、数々の目に見える権力者たちが「大きな何か」だとずっと勘違いしてきた。
親が子供を、資本家が労働者を、先生が学生を、社長が社員を、先進国が後進国を、権力者が絶対という「支配者-被支配者」の世界しかないのだと思い込んでいた。

一部の支配者だけが豊かさや利益を得るために、多くの人間をコントロールし縛り付けるため、私たちに数々の仮面を、代わる代わる付け替えられ続ける世界。
一部の人だけが利益を得るこの世界に、永遠に訪れることのない平和。

もう、わかっている。
「大いなる何か」は、私が過去にいた世界にはどこにも存在しないことを。

もう、はっきりと分かっている。

「大いなる何か」は、まぎれもなく私の心に、そして、ひとりひとりの心に存在していること。
あらゆる役割や雑音から解放されたその心の奥底に眠っている感覚。
大切な核となり原動力である私の一部。

その感覚に従って、ひとりひとり輝くために存在している。
そしてその世界はひとりひとり全ての人の価値を認め合っている。
そのために封印し続けた個の感覚を呼び覚ます時期なのだと。
何度もなんども、毎日まいにち私に呼びかけている。

そして、大いなる何かは今少しずつ、私の身体を使い、この文章を書かせていることを知っている。

昨年から少しずつ始めた書くということ…。
これは私にとってどういうことなのだろうか…。

私が私だけのためにペンを走らせることとは…。

数ヶ月書き続け、こんなにもたくさんの世界の旅を体感できる世界とは思いもよらなかった。
そして書き出すと、想像以上に溢れ出てくる想いと感情。
その想いは最も精密で相応しい言葉を選び、次々と紙の上に飛び出してくる瞬間瞬間だった。
飛び出した言葉と同時に溢れてくる感情。
涙もたくさん出し、身体もくたくたになっている自分。
それでも、その悲しみをじっくりと感じるうち、それは感謝に変わり、怒りを見つめるうちに開放感に変わっていった。

闇が光へと変わる、そして私になっていく神聖な瞬間だった。
その瞬間瞬間、私の感覚がどんどん甦ってくるようだった。

生きていると今はよく分かる。
生きていると今は全身で感じる。

私だけのために、心と身体を投じたものが文章というひとつの形として現れる。
このひとつひとつの断片が、全て大切な独自性であり、私の生命。
こんな生命にもっと触れたくて、取り憑かれたように今日も時間が過ぎる。

書くことは、私の雑音を取り払い、必要なものとそうでないものを洗いざらい見せてくれた。
そのうち、私の身体はとても精密で大切な感覚のアンテナであることを気づかせてくれた。
その身体を守るよう、大切にするよう、私のペースで優しく導いてくれていた。
するとあれだけ好きだったお酒をもう欲することはなくなった。
もう必要のないものだと身体が導いてくれていた。

そしてその先に見えてきたもの…。

生まれた時に選んだ宿命という暗闇と、数々の経験の中で見出した光の数々。
そしてこの複合された光と闇は私だけの独自性という輝きなのだと。

それをきちんと認識するために、また私は書いている。
今はそう導かれている。

そして同時に私は、「伝えること」について、過去にとても大きな過ちを犯していたことにも気づかせてくれた。
長年、トレーナーという立場を社会でいう「上」と認識し心の中で利用していた。
時に高圧的に人に接していたこと…。
そして、自分以外の人へ、声を大にして、自分の価値観を他者に強要してしまっていたこと…。
言葉で人をねじふせたり恐怖を抱かせるために言葉を発していたこと。
昔に生きてた古い世界の支配者と全く変わらない姿の私。
とても恥ずかしい過去の私だ…。

そして、この私はもう必要ない、と。
悔い改め、もう一度やり直したい…。
もう一度、チャンスが欲しい…。

そして本来の私が求める本当の「伝える」ともう一度向き合った…。
すると、今までの私の行動とは全くかけ離れていることにも気づいた。

叡智の私が今の私にそっと言葉をかけてくれている…。

『私が私に専念するために、そして私だけのために、私の想いを私の耳に届くよう言葉として発し、本当の私を私の手で掘りあてること。その中で、自分の在りたい姿をじっと見続け、感じ、その感覚の中に自分を投じること。そこで見つかった自分の在り方に基づいて選択し行動し続けること。この全ての過程に私以外の人は一切存在しません』と。

ありがとう。
また素晴らしい気づきをありがとう。

住む場所や、
付き合う人や、
食べるものや、
口にしたい言葉や、
環境や、
カルチャーや、
パートナーなど…。

こんなひとつひとつをその瞬間、瞬間に、真剣に考え抜き、選び抜き、そして私にとってのベストを選択する連続。

誰も責任を持ってはくれない、私だけのとても「大切な仕事」。

私は私の選択に専念し、あなたはあなたの選択に専念する。
それぞれの時間を懸命に生き、考え抜き選択しそれをお互いに認め合う。

そうこう言葉を追っているうちに、「伝える」という言葉は私の頭からは消え去った。
その代わりになる言葉は…
「ただ、私であり続ける」。

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無数にある星のように、私という独自の星を精一杯輝かす。
その私だけの独自性を大切に感じるために書く。
書いて、書いて、書いて、自分が誰なのかを明らかにする。
どうありたいのか、知りたいから書く。
誰よりも味方でいたくて、誰よりも寄り添い、いたわり、慈しみたいから、書く。

書いて、書いて、書いて、泣いて、笑って。
磨いて、磨いて、磨いて、生きる。

書くという言葉遊びを楽しみながら、私をピカピカにする。

大いなる叡智の私の心に従い、身体と心、時間をかけて想いを書き出すこと。
これが今、見えてきた召命。


私が私であり続けることの輝きを保ち続ければ、それがきっとひとつの道しるべとして誰かがどこかで見て、何かを震わせるのかもしれない。

ふと、そんな風に思った。