書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

「絶対的な」信頼〜Trust〜

お部屋から見える景色。
今日はまた秋空の雰囲気に変化。
雲や空・空気、そして私のこころも目まぐるしい毎日だ。

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『あなたは絶対的に信頼できるものはありますか。それは何ですか。』

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このカードを見た瞬間、「三位一体」という単語が思い浮かんだ。

そして、Trustを辞書で調べると、目を引いたのは「絶対的な信頼」「本能」。
何だか気になるキーワード…。

今日は午前中、ネットサーフィンをしながら拾った動画を見て、湧き出てきた深い悲しみに身を委ねていました。

幼少期でもないのにすっかり忘れてしまっていた「ある出来事」。
心の奥底に鍵をかけようとしていたこの出来事がもう一度私に呼びかけています。

どうやらここにまた大きな秘密が隠されているようです…。
また今日も涙がいっぱいで身体はしんどいけれど、私の手で封印した感情を優しくそして穏やかに寄り添ってみる。

そして、いつもこの文章を今見てくれている「もう一人の私」へ。
あなたに信頼してもらえるよう、誠実に書くことができますように…。
そして丁寧に言葉を選べますように…。

この出来事は四年程前、2012年に時間を遡る…。

この時期、私は中国で生活しながら13歳年下の中国人の彼と出会った。
彼は専門学校に通う学生。
当時社内の中国人は日本語がとても上手でなかなか中国語が伸びず、社外のでの中国人と知り合い、中国語を伸ばしたいと思っていた。
中国のインターネットサイトで知り合ったのがきっかけで、電話をするようになり、意気投合し自然とお付き合いをするようになった。
相性もとてもよかったし、週に一回のペースで会うこともとても楽しかった。
でもそれは裏を返せば単純に楽しい「ラクな関係」だった。
そしてその関係は長くは続かなかった。

私たちの付き合いが一年経とうとした頃、突然の出来事が起こった。
彼は年越しのために実家に帰ったのだが、その日を境に彼の連絡が途絶えた。
彼はもう二度と私の住む場所には戻ってこなかった。

しかし今振り返ってみると、彼との間に色んな問題が出てきた頃だった。
彼は実家を出て、私の住む街で四年間専門学校に通っていた学生。
彼が実家に戻った2013年は卒業予定の年だった。
今後、実家に帰るのかこのまま残るのかという問題、そして彼には密かに連絡を取っていた別の女性の存在など、よく喧嘩をし私たちの関係の雲行きは怪しかった。

音信不通になった時は、何のことだかさっぱり分からず、そしてパニックに陥った。
何度かけても繋がらない電話。
彼の実家がどこにあるのかも分からない…。
今まで経験したことのない不安にただただ混乱している私。
私は激しい感情の渦に呑み込まれ、完全に自分を見失っていた。
しばらく家に閉じこもり一人でずっと泣き続け、そして彼の連絡を待ち続けるみじめな日々。
完全に制御不能の状態に陥った。

想像するに、彼は帰省したとき、親へ私の存在を話したのだと思う。
外国人、年上の女性…。
親からすれば絶対的タブーだったのだろう。
そこで親が取った手段とは、私が住む場所に二度と戻さないという選択だった。
そしてその命令に従順に従う子供。
自由な国で生まれた私にとって、いくら彼が若かったとしても、いくら親の反対を受けたとしても、私を選んでくれると信頼して待っていた。
でもその信頼はもろくも崩れ去った。
彼は音信不通という最も不誠実な方法で、親の意思に従うということを選択したのだった。
私はそんな偽りの人間関係に信頼を寄せていた自分の見る目のなさも情けなかった。
彼のその無言の選択に深く傷つき悲しみ、そして恨みを持ち苦しみ続けた。
これが私の30代半ばに味わった痛すぎる経験だった。

そして、ふと思った。

私は1978年、日本に生まれた一人の女性。
彼は1991年、中国に生まれた一人の男性。

13歳も年下の若い彼が選んだ世界は「親に縛られ、自分は何も変えられない」という、まるで時代を逆戻りしたかのような古びた歴史の中の人物のように見えてきた。
そして彼は、私と付き合っている間にも他の女性と繋がりを持つ「偽り・不誠実」という世界を選び続けていた。
私の信念とはあまりにも対極にある世界。
永遠に交わることのない二つの世界はこの日に決裂し崩壊した。
一時的に交差しただけの、過ぎ去るべき存在。
私はこの時をきっかけに、彼の世界から消えた。
そして彼もまた私の世界から消滅した。

私はずっと二人は同じ時代を生きていてると思い込んでいたのだが、実はこんなにも違うパラレルワールドに住んでいたことを今やっと知った。

…とまだこれは序章。
この後も物語は続きます…。

人はおかしなもので、こんな痛い経験をしたにも関わらず私はやはりパートナーを求めていた。
その裏側には、傷を癒したい、忘れたいという想いももちろんあった。
でも、本当のパートナーシップとは何かを知りたいという強い想いがあったのだと思う。
私はやはりインターネットという方法で、私の生きてきた背景、そして私が求めるパートナーの具体的人物像を誠実に言葉にした。
つたない中国語だったが、心からのメッセージを送った。
願かけのようにきちんと自分の顔写真も掲載し、ただ願った。

この行動ひとつひとつが「宇宙への宣言」だとはその時は思いもよらなかったことだ…。

その後、数多くのメッセージが私の元にやってきた。
中には明らかにサクラと思われるメッセージも多かった。
ここで私は彼らの言葉ひとつ、返信方法ひとつの動作で、自然と洞察力を養うことができた。
写真掲載がないとメッセージはほとんど見ないようにしていたのだが、ある時、今の旦那からのメッセージが目に止まった。
その時の内容はもうあまり覚えてないのだが、さほど長い文章でもなく、そして顔写真もなかった。
頭は信頼に値するものではない判断していたが、私はなぜかその時、彼のメッセージに返信していた。
そのやり取りの中で、家が近所であるということが分かり食事をしたり、少しずつ距離を縮めていった。
初めの印象はというと、「冴えないおじさん」でどちらかというと好きなタイプでもなかった(ごめん、旦那よ)。
出会った当初は彼は出張も多く、なかなか会えなかったが、そのうち私は彼の家を行ったりきたりするようになり、気がつけば半同棲を始めていた。

そんな風に過ごすうち、ある日の日常にあまりに突然のサプライズが起こった。

2014年の春、私は妊娠していた。

その瞬間の私の気持ちはというとただ驚きそして純粋に喜んだ。
そして私が彼にそれを告げると、私以上に彼がとても喜んでいる姿にさらに驚いた。
今まで私はこんな男性を見たことがなかったからだ。
ドラマなどでみる、動揺したり逃げの態勢に入るといった様子は全くなかった。
じっと彼の様子を観察すると、私が見せた妊娠反応が出た検査薬を大事そうに握りしめ、記念撮影をしている…。
私はそんな無邪気に喜ぶ彼の姿を見るうちに、結婚するに値する人物だと感じ取っていた。
きっとその時、私は結婚を決断したのだと思う。
その後、彼は数え切れないほどの妊娠に関する本を注文し、また私を驚かせた。

しかし、その喜びは不安に、そして一ヶ月後、深い悲しみに変化した。

毎週通う中国での検診はとても私を不安にさせた。
婦人科は男性立ち入り禁止。
中国ではコネがないと、検診もまともにできない順番待ちの状態。
乱暴に我先にと押し合う患者。
医者の誠意のない説明。
プライバシーのない病院。
私は不安でいっぱいだった。

さらにその不安は膨らんだ。

毎週行う検診で、ある数値がとても低いと告げられた。
流産の可能性があるということ。
不安と焦りが走った。

「なぜ他の人には普通にできることが、私にはできないの。なぜ他の人は簡単にやってのけてることが私にはできないの?」
当時、妊娠の知識の全くなかった私はこんな単純な角度でしかものごとを捉えられなかった。

彼はそんな不安な私を察してか、いつも優しく大丈夫だよと言いながら、ずっと付き添ってくれていた。
私はそんな彼の姿を見て、本当にありがたく、そして暖かい信頼を静かに感じ取っていた。

中国での検診に信頼を持てなかったこともあり、もう一度別の病院で検査してもらった。
そこでも流産であることを再確認した私は、やっとこの現実を受け止めようとしていた。
そして私たちを選んでくれた命とお別れするため、少しでも安心できる場所を自分で選びたかった。
それは申し訳ないが、中国ではなかった。
ふと思い浮かんだのは親がいる日本でもなく、妹のいる韓国だった。
彼女の居る場所なら不安な気持ちも受け止められる気がする。
そんな想いから旦那と一緒に韓国へ飛んだ。

韓国で待ち受けていた妹は黙ってただ、用意周到に私が必要とするあらゆるサポートをしてくれた。
手術の前日に入院し、事前準備として薬を飲まされた。
その数時間後、出産に近いであろう陣痛のような痛みが私を襲った。
身体の痛みと同時に、小さな命と引き離されるという心の痛みも走った。
一睡もできなかった。
今まで味わったことのない痛みと出血で身体は悲鳴をあげていた。
ベッドの中で私は転がりながら、この痛みから離れずにひとり夜を過ごした。
まるでひとつの命とお別れするための「儀式」のように思えた。
こんなに苦痛が伴うとは…。
あの痛みは二度と忘れられない。
いや、忘れない。

前日の痛みとはうってかわって、当日の手術はあまりにもあっけなく終わった。
そして術後の経過も順調だった。

たった一ヶ月ではあったけど、確かに私を選んだくれた小さな命…。
そして色んな心を残してくれた素晴らしい命…。

身体は回復したものの、未だ心に残ったしこりはずっと消えずに留まっているようだった。

私はこの痛みを通して一体何を学んだのだろう…。
この体験で私が私に伝えようとしてくれているメッセージがまだ残っているとしたら、一体なんなのだろう…。

『ひとつひとつの小さな命の誕生がどれだけ果敢で素晴らしく、そしてわずかな可能性の奇跡の形なのか。それをいま一度、よく感じてみなさい…』

……この世に私と旦那が同じ時代に、それぞれ別の中国と日本という国に生まれた二人。
そんな二人が2013年という時期に中国で出会ったこと。
そして数多い人の中から彼に心を預け、そして心を通わせ繋がったこと。
そしてその翌年に妊娠したということ。

そして今回、一ヶ月のわずかではあったけど小さい命を私の身体で守るということが何なのか…。

そして、今回の私にはできなかった、十ヶ月お腹の中で小さい命を守り育て、子供が生まれるということ…。

よくこのひとつひとつを感じてみると、どれひとつ普通なことでも当たり前なことでもなかった。

むしろどれほど大変で、そしてその先にあるとても素晴らしいことなのか。
身体と心を投じ、ひとつの小さな命を守るという女性にだけに与えられた素晴らしい経験。

同時に今まで君臨してきた古き男性社会が、この女性の偉大さを強く恐れ、当たり前のことだと、普通のことだと抑圧していたことも明るみに出てきた。

とてもとてもわずかな可能性の中で生まれた素晴らしいひとつの光。
そんないのちの身体を張って守る女性の美しい姿。
命の危険を伴いながらも、その先にある素晴らしい体験…。
そうもう一度感じられることができた。

そして最近、妹との会話で思い出したことがある。
私もまた流産の後に生まれた子供だったこと…。
母がよく「もしあんたの前に子供が生まれてたら、あんたはいなかったんだよ」という一言を思い出し、また自分の生まれた感動にもう一度触れることができた。
そして未来の私への希望のようにも感じている。

正直言うと、私はこの流産という経験から、お母さんになったひとたちがちょっぴり嫉ましくもあったが、今はちょっと変わってきた。
それよりも、同じ女性が命を張って生むという経験をしたひとりひとりのその存在に心から尊敬の気持ちを持っている。

そして、妊娠した期間、そして生んだあともなお続く子育てという格闘の日々。
自分の命を使い、子供とともに過ごす女性たちの美しい力強さ。
そんな彼女たちがとても輝いて、そして眩しい存在に見えるのだ。
女性にしか体験できない苦しい痛みとともにもたらす素晴らしい体験。
そんなひとりひとりの子を持つお母さんに心から賞賛の拍手を送りたい。
この事実をぜひともお母さん方は自らこの誇りを受け取って欲しい。

そして私は、この悲しい体験の裏側に存在していた素晴らしく暖かい光を身体で感じ取っていた。
私の深い悲しみと苦しみに、旦那と妹の二人はただ静かに、そしてその後もただ一緒に時間を過ごしてくれた。
私はこの経過の中で発見した静かな感動を一生忘れない。
私はこの二人からにじみ出る誠実さと愛の光を、ずっと感じ続けていた。
身体で感じる静かな信頼だった。

私は紛れもなくこの妊娠をきっかけに、彼と一生過ごすビジョンをはっきりと見ることができ、そして結婚という道を選んだこと。
そして妹は血を分け、そして心をも分けた類い稀なソウルファミリーだと再確認した。

これが私の『絶対的な存在』。

そして今、妹とは距離は韓国とオーストラリアと遠く離れている。
しかし、日々自由に交わすチャットでの言葉や、身近にいる妹の甥っ子の写真を見ると、妹がどれだけの命をかけ生み、愛情込めて育てているのかを感じる。
そんな愛情深い妹がとても誇らしい。
生まれたばかりの小さな命がすくすくと元気に育っているのは、紛れもなく親の愛情。
そんな僅かな断片を見るだけでも、私は本当に幸せな気持ちになる。

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本当に素晴らしいお母さんたち。

あなたたちの心はとても輝き、眩しく、私にとっての希望の光です。
私もそんな経験ができたらいいな、とおっかなびっくりながら、お母さんになるという夢がまたひとつ心の中から湧き出てきました。

きっと妊娠したら気持ち悪くなったり、大変なことたくさんあるかもしれないし、眠れないとか、泣き止まなくて苦しくなったりとか、本当にありえないことばっかりけれど…。

でも、そんな苦労も含めて夫婦でチャレンジしてみたい。
夫婦二人で乗り越えてみたい。
愛する人との子供を持つ喜びを存分に味わってみたい。
今はそう心から感じるようになってきました。

小さな命が私の元から離れてからもう二年が経とうとしている。
旦那と妹への信頼のように、あの子が準備ができた時が来るのを静かに見つめていよう…。

中国語で表現するなら「顺其自然」
カードでイメージした「三位一体」

全てにおいて、しかるべきタイミングが来たその時、そのあらゆる状況をただあるがままに受け止めよう。

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ありがとう、たくさんのことを教えてくれた小さく大切な奇跡の存在。


そして、またふと思った。

今までの世界はあまりにも効率、スピード、答えを速読するばかりの世界で、素早く幸せという答えに固執していた過去の自分を。

じっくりと全ての段階の過程を味わい、見て、感じ、選び、経験したい本当の新しい自分。

そのひとつひとつをじっくりと味わう時間の中から、私だけの幸せの種をひとつずつ拾い、種まきをし、熟成させ、実りを喜ぶ。
その過程すべてをしっかりじっくりと味わい尽くしたい。

これも新しい私が教えてくれる絶対的信頼だ。

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きっとこのカードが指し示しているものは、きっと味わった先にあるビジョンなのだろう。