書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

感謝の気持ちを表す〜Show Appreciation〜

『あなたは普段の生活の中、どのような方法で相手に感謝を表していますか。具体的にどのような行動をすることが相手への感謝だと思いますか。』

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何かに疲れてしまってとぼとぼと歩いてる姿。

オーストラリアに来てから今日でちょうど二ヶ月。
彼が背負って生きてきた「伝統」の世界と、そして「個」に目覚め脱皮しつつある私との対峙。
私の変化は確実に周囲との色んな衝突や摩擦が起こり始めていた。
変化の最中にいる私は、伝えたい本質をなかなか掴めずにいて、それを外国語で更に伝えることの難しさの苛立ち。
当然こんな調子なので、相手にも伝わらない日々…。
自分自身への苛立ちを直接ぶつけることばかりを繰り返し、なかなかうまくいかずにいた。

集団や関係に重きを置く旦那。
個の感覚を重きを置く私。
基準がずれている人との話し合いは平行線を辿っていました。
改めて、私が取り組もうとしていることの重さを実感しているところです。

少し旦那とのやりとりを整理してみる。

ひとつの出来事はこうだった。
三月から旦那の会社の理事長が北京からオーストラリアに来て、そこからずっとつきっきりで仕事に取り組んでいた。
普段、私は電話越しに旦那が話しているのを聞く程度だったが、理事長を「大哥(お兄さん)」と呼んでいることにいつも違和感を感じていた。
ある日、連日の忙しさで大変だったろうと、社長は旦那と一緒に私もと食事に誘ってくれたことがあった。
その時、旦那が私への伝えたニュアンスはこんな感じだった。
「社長が明日、食事に君も誘っているんだけど、君も行くよね?(もちろん)」 

この口調に婉曲ではあるが確かにNoを言えない雰囲気を感じ取った。
なんとも言えない違和感がやはり残りその誘いを断った。

またある時はこうだった。
旦那は前の日の夜、急に思いついたかのように「当たり前」な口調で私へ放った一言。
「あー、明日の午後、お父さんお母さんの家でご飯食べるから(君も当然行くよね)」

これらの彼の口調は、まるで私は彼と心が完全に溶け合っているような雰囲気を感じ取った。

…違和感は明らかな不快感と怒りへ変わっていた。

何故、私はこの状況に不快感を覚えているのだろう…。

「上下関係」というコントロールの世界にさらされ、目に見えない強制力と、下の人間は従わざるを得ない空気。
個の権利を侵されるという私の危険を察知した怒りだった。

カードの中の疲れた姿は、その世界にずっとさらされNoという意思表示をできずにいた私だった。

ある時は親に。
ある時は先生に。
ある時は先輩に。
ある時は韓国人男性に。
ある時は会社の上司に。
ある時は年上の女性に。
ある時は年上の男性に。
ある時は役職のある同僚に。
そして、ある時はトレーナーという地位で私が上に立ち、受け側に強要していたであろう自分にも。

上も下も両方味わった私は、たとえどちらであってもこのコントロールが働く世界にいられないことに気づいた。
そう、この世界に私の平安はないことを知ったからだった。
中国を離れた意味がまた改めて浮かび上がった。

振り返って見ると、人に教えるという立場に就き、1000人以上の人と出会えた。
これは本当に感謝してもしきれない経験だと思っている。
その一方で、彼らと単に一時的にすれ違っていただけで、心で繋がるにはあまりにも時間が短すぎた。
これが光の裏に隠されていた影の部分だった。
この仕事は付き合う人数が多かったので、私の心を深めるには限界が見えてきていたのだ。

私がもしこの状況に対して感謝できるとしたら何に対してだろう?

彼らの姿から、私が本当に欲しているのは「対等に扱ってくれる人」であること。
そして形式的ではなく、心からの自由な付き合いを望んでいること。
相手がたとえ違う世界にいたとしてもそれも許せること。
相手も自分もそれぞれの世界を信じているということを許すこと。
こんなことを教えてくれている、今の不自由さを感謝したい。

そして振り返ってみた。
私は一体、今までの人生の中で、何人の人が深い心の奥底で、対等に付き合ってくれたのだろうか…と。

冷静に伝えれば理解しようと努力してくれる旦那。
オーストラリアに来てから弱音を吐きそうになった私に「あんたが決めたことでしょ」と一言ビシッと言ってくれた母。
不器用ながらも、日本に帰ればいつでもおいしいものを食べに連れていってくれる父。
黙っていつも話を聞いてくれる妹。
日本に戻れば一緒にご飯を食べてくれる兄と彼女。
いつも「イモ!(韓国語で伯母の意味)」と屈託のない笑顔で友達のように遊んでくれる甥っ子。
日本に戻れば相変わらずの様子でご飯にいったり楽しい時間をくれる大学の同期たち。
大事なタイミングで「離れても想っているよ」「大丈夫」と私よりも私を信頼して、笑顔で声をかけてくれる友人。
疲れている時に心と体をケアしてくれて中国でのマッサージ師のお姉さん。
いつもお互いの成長のためのおしゃべりに花を咲かせていた中国での仲間。
信頼していつも仕事を任せてくれた唯一の上司。
数年前、カウンセリングコースで知り合い、今でもポツリポツリとコメントをしたり、お互いの様子を陰ながら応援してくれる仲間。

今、私の心に浮かんでくるのはこんな存在なのだと。

いつも彼ら彼女たちの存在が、ただ存在してくれているその事実を思い出すだけで、勇気が出る。

さらに質問する。
じゃあ、結局のところ、私は一体何を求めているの?かと。

…勇気を出して言うならば、私はまだ世界中にちらばっている「ソウルファミリー」とも深く繋がりたいのだ、と。
私はそのために、書き続けて、発信しているのだと。

書き続けることで、そのアンテナに反応するもう一人の私を待っているのだと。
今日もまたまだ見ぬ「もう一人の私」をずっと探している。

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調和に満ちたこの世界に一緒に行きたくて。