書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

変容そして創造性の鍵〜Transform & Creativity〜

最近、また暑い夏が戻ってきました。
残り少ない今年の夏をしっかり味わいたい今日この頃…。

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今日は違う三種類のカードをそれぞれ引いてみました。
まずはこの二枚。

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このカードから拾った「変容」と「創造性」。
今日はこの角度から自分を眺め、私の手でまた絡まった心を紐解いていきたい。

「変容する」とは姿や形が変わること。
幼い頃の写真を辿ると、背が伸びたり、体が大きくなったりと、身体の変容を目で確かめることができる。
しかしその一方、心の変容はすっかり見落としてしまったまま、時間ばかりがどんどん過ぎていた。
その心の奥をじっと見つめていく…。

すると私が受けてきた「教育」という環境が浮かび上がってきた。

私は小学校から朝鮮学校に通った。
カリキュラムは日本の学校と変わらないが、教科書は全て朝鮮語(=韓国語 敢えてここでは朝鮮語と記す)。
それに加え、朝鮮の歴史や、金日成の幼い頃の物語などを学んできた。
このように言語や特殊な科目はあれど、アジアにおける教育とさほど変わらない流れの中にいた。

学校での記憶を遡ると、ほとんどの科目に宿題が存在し、その答探しのための授業があり、答え合わせ、そしてテストで得られる点数が私を評価そのものだった。
テストでは限られた時間の中、絶対的な答えをより素早く書き出すことが求められた。
小学校の頃から既に暗記することを訓練させられていた。
そう、覚えることにばかり夢中になっていた。
まったくおかしな話かも知れないが、訓練するうちに、それが習慣化してくると、見て、聞いて、何を感じるかという五感はすっかり反応しなくなってしまっていた。

これが「好きながことが分からない」正体だった。

中学に進むに連れて、学校に行く目的とは、いずれは受験に受かるためだと思い込まされた。
こんなひとつだけの価値観や、受験という奪い合いの世界にずっと身を置いてきたのだ。
思えば高校、大学、そして就職。
とにかく競争の世界の中で生き延びるしかない環境。
ここから抜け出す唯一の方法は「合格する」。
その一本道しか分からなかった。
この肝心な時期に、大人はみんなそっぽを向き、知らんぷりをしていた。
きっと彼らも答えを知らなかったのだろう。

勉強し勉強し勉強し、答えをより速く探すこと。
合格するためという目的は徐々に手段を選ばなくなった。
予備校という存在が現れ「より速く探し出すテクニック」に走り続けるよう促され、流されるまま翻弄されていた。
私もまた人に置いてかれまいと予備校に通い、そこで話されるテクニックや攻略法に私は抜け殻のように聞いていた。
お金を払い、全くの場違いなところに身を置き、時間を浪費している私…。
自分でもなんだかわけがまったく分からなくなっていた。
そうやって私もまた人と同じように、私の人生の目的とは一ミリも関係のないベクトルに足を踏み入れ、人生の轍から抜け出せずいた。
幸い、自己推薦という枠で大学に入ることができ、受験戦争に巻き込まれることは免れた。
しかし、大学に入ることだけがゴールだった私は、その後については果たしてどうすればいいのかやはり分からずに悶々としていた。
大学の授業もどうしても興味が持てない…。
私は時間を潰すかのように四年間遊び歩いていた。

四年が過ぎた頃、私は卒業という一つのタイムリミットに近づいていることを感じ、留学という道を選び、そして中国での就職の道を選んだ。
今考えると、中国での仕事が人生初の自己決断の変容だった。
その裏には日本での就職活動に失敗したという苦い経験もあった。
日本社会への半ば諦めもあったと思う。
しかしこの失敗と思い込んでいた経験は、私により相応しい道に導いてくれた「サプライズ」だったことを、何年もあとにやっと気づくことができた。

そこからあっという間に15年以上もの月日が経っていた。
海外で働きながらが時を過ごしていた日々。
日本よりも環境や条件はよくなかったけれど、少なくとも日本にいた頃よりはなぜか生きた心地がした。
久しぶりに五感が喜んだ日々。
この体当たりの時間は、日本にいた頃の何倍もの加速で変容を遂げていた。
それは日本というフィールドにもう一度立ち戻ることで自然と感じられた。

昨年、日本に戻った時にあるセミナーに参加した時のこと。
質疑応答でほとんどの人が投げかける言葉を聞いて驚いた。
どれも元をたどれば「◯◯の方法を教えてください」というものばかり。
そして気づいた。
日本の書籍もよく見ると「〜の方法」というマニュアル形式のものがとても多いという事実を。
私が海外で時間を過ごしている間も、ここは相変わらずの基盤が根を下ろし、スローモーションのように過ぎていることを。
自由を求めて受けた教育という習慣が、未だなお私たちの人生の足かせになったままの光景。
私よりも年上だと思われる彼らの質問は、十数年間前の混乱した昔の自分をそのまま移してるかのようだった。
なぜ、このスピードは変わらないのだろう…。
この国の課題をまたひとつ知った。

そしてとても恥ずかしいのだが、今の日常もまた、こんな状況が起こっている。

今、何を食べたいのか。
今、何をしたいのか。
今、誰と話したいのか。
今、どこに行きたいのか。

そんな眠りから目覚めた私は、まだ脱皮中の私に静かにこう語りかける。

『これだけははっきり区別して下さい。人生の主人公そしてその脚本家も私、それ以外は全て…そう、書籍、カウンセリング、友達や家族からのアドバイス、これらは何もかも脇役です。これらは決してあなたの代わりにはならないし、代わりをしようとする人たちはあなたをコントロールし続ける世界の人たちです。私はいつでも私の心に先に触れ、その私だけのマニュアルをアウトプットすればいいのですよ。何を見てあなたはどう感じるのかをあなたの方法でどのように表現していくのか。これがあなたにだけ与えられた創造性なのです』

また、こう伝えてきた。

『感じるための唯一の鍵は、いつでも自分に質問し、それを感じるための時間をじっくり取ることです。そうすればあなただけの答えが静かに湧き出てきます。その時間を十分に自分へ与えてみてください。普段の生活の中で簡単な質問からでいいです。ひとつひとつ丁寧に質問してあげてみて下さい。自分への質問を繰り返すうち必ず上手にできるようになります。必ずできます。今の私ならもう大丈夫。』

そして変容中の私の身体はこう告げている。

私は私をもっともっと感じたい!!
感じるための時間がもっと欲しい!!
私は私が感じた時に選びたい!!

それはセミナーやカウンセリング、コーチングを受けた時に気づいた焦りでもあった。
たった数時間の対話ではあまりにも成長速度が遅すぎる、このままでは間に合わない、と。
もう私の中では抑えきれない自分への強い関心が生まれていたのだ。
37年、心の奥底にしまったままの大切なもの。
片時も離れず、ずっと見守り続けていた叡智なる私と、そして37歳の今の私。
それを今、アウトプットする時がやっと訪れた。
堰を切ったように溢れてくる言葉が、私の身体を確かに振動させている。
ちょっとずつではあるけれど、距離は確実に縮まっている実感。
もっともっと自分の振動と温もりを感じ、仲良くなりたい。
そんな毎日…。

教育で答えは一つしかないのだと目隠しされたままだった私。
その目隠しを丁寧に我が手で取り除いてやりたい。
誰かの手で奪われた大切なもの。
だから私は人の手ではなく、私という最も信頼できる手で取り除きたくて仕方ないのだ。

わたしの耳が、わたしの口が、わたしの手が、わたしの目が、五感でそっといつも教えてくれている。

私が、私のカウンセラーになれる。
ありがとう、大好きな私。

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今のこの闇と光の変容の最中、この過程でさえもじっくりと楽しもう。
なぜなら、希望の光はもうすぐそこに見えているから…。