書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

代替医療〜Alternative Medicine〜

『あなたはどんな時に病院にかかりましたか。その時の医師の対応について何か感じるものはありましたか』

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光を放つ人とそしてその光の恩恵を受ける人。
なんとなく右側の人の方が大きく力強く感じ、左側の女性は小さく少し彼よりも低く位置に描かれている。

今日のカードの単語を翻訳してみると『代替医療』
うーむ…今日も一体、私の手からどんな世界が展開するのだろう…。

医療と聞いて思いつくのは「病院」そして更に身近な存在は「薬」。
私が病院にお世話になったのは私も記憶してない幼い頃、川崎病という原因不明の病にかかった時のことだ。
母から「いきなり高熱が出て近くの病院に連れて行ったら川崎病って聞いて、大きい病院まで行って大変だったのよー」と、大きくなってから聞かされた。
川崎病は重篤なケースの場合は死に至るかもしれない病だと知った。
そういえば心臓の合併症が起こる恐れがあるということで、中学まで心臓のエコーを撮っていた記憶がある。

うー。。。
私、こんなに幼い頃、こんなにすごい病気と闘ってきたのかぁ…。
この素晴らしく力強い命……。

その後は幸い健康に過ごす日常を送り、時に薬に頼るぐらいだった。
風邪をひけば風邪薬や頭痛薬を、お腹が痛ければ痛み止めを使うといった具合だった。
仕事をしていた頃は仕事に没頭し、発熱すると次の日の仕事に影響がないようにと薬をのむ。
そんな感じで使っていた。

私のこの薬を飲むという行動は「症状が治っている」ものだと信じ込んていたが、それはまったくの勘違いだった。

この薬と痛みについて、ごく最近の、二つの病院で体験したことを共有したい。

昨年の日本滞在中、なぜか朝起きると右側の薬指だけがうまく曲がらない。
曲げると跳ね返ってくる。
そして関節が飛び出ている…。
その時の画像がこれ。
この時は第二関節が少し左側にでっぱっていた。

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やはりいつもの様子と違う、動いてたものが動かなくなるという状況は心配と不安、そして恐怖へと移り変わり、この焦りをどうにかしてほしくて、母が口づてで聞いた近所の整形外科に駆け込んだ。

50〜70歳近くの患者さんが所狭しと行列をついて待っている。
受付の人もとても忙しそうで、目も合わせてくれない。
なんだか冷たい…。

とにかく呼ばれるまでじっと順番を待った。

そして先生が少し荒い口調で「はい、金さん次ここ入って!」と告げる。
入るとまだ別の患者さんがいて、ベッドの所を指をさし「はい、ここ座ってて!」と命令口調。
そしてシャーっとカーテンを乱暴に閉める。
まるで私は工場のベルトコンベアーのモノのようで、先生はその作業員のようだった。
順番がやっときたところで、前回の検査結果の紙だけに目をやりながら彼が放った言葉はこうだった。
「はい、これ異常ないから!」
私はこの一言に私は感情がはじけた。
弾けた風船を爆発させたかのように、気付けば私はやや大きい声で先生に詰め寄った。
「結果はどうであれ、今私の指は現に曲がらないし痛いんですよ!これはどういうことなんですか!説明して下さい!」
きっと普段は大人しい患者さんばかりを対応していたせいか、その時やっと彼は私の目を見たと思う。
そして更に彼が放った言葉に呆れてものがいえなかった。
「あのねー、科学で証明できないことなんていっぱいあるんだよ!私にもそれは分からないよ!」
開いた口が塞がらなかった。
こんなこころのない言葉を吐き捨てる目の前の人は、果たして本当に聖職と言われる人間なのか…と。
その後、彼は少しバツが悪かったと思ったのか「あのね、薬は出しとくし、マッサージは二階で無料でできるから、まぁ電気治療とかマッサージ受けながら様子見なさい」
この最後の言葉を半ば聞き終わる前に、私は診察室を出た。
とにかくその場にいることが不愉快でならなく、一秒でも早くこの場を去りたかった。
お金と時間を使いこんな一言を聞くために来たのか。
悔しい思いで二階に行くと看護婦さんやマッサージ師の方が対応してくれた。
黙って治療を受けてると優しそうなマッサージ師さんが私に一言。
「大丈夫だった?」
「気にしなくてもいいからねー」
???
確か、診察の時に彼女はいなかったはず…。

どうやらあの先生はどの患者や看護婦さんに対しても同じような接し方をしているらしく、周囲の人間は全員、彼の言動に日々黙って耐えながら仕事をするのが日常のようだった。
受付の雰囲気も悪く、緊張感でいっぱいだったのかとこの時、妙に納得した。

もう二度と治療はここで受けまいと思い、しばらく放置しておくといつの間にか指の曲がりは消えていた。

あとで調べてみたが、薬指のトラブルは
スピリチュアルな側面で言うと和合と深い悲しみというメッセージがあると知った。
他にも薬指と心臓との繋がりについても書かれていた。
創造力とイマジネーションを刺激するとも書いてあった。
おぉ、大切にしよう!

もうひとつは歯医者さん。
もともと頭を悩ませていた親知らずに加え、その隣の治療した歯が割れてしまっていた。
親知らずは20代の頃から季節の変わり目のごとにしぶとく疼き、私を困らせていた。
今まではそこまで痛みがないのならばと薬を出してもらい何とかやり過ごしていた。
インターネットで事前に評判を確かめ、選んだ歯医者さんだった。
まずはどういう治療にするか、話を聞いてから決めようかと思い予約した。
当日対応してくれた受付の女性はとても優しそうで包み込むような雰囲気。
しっかりと私の目を見て対応してくれる。
歯医者はいつも緊張しがちなのだが、彼女の笑顔や対応に安心することができた。

対応してくれたのは30代ぐらいの男性だった。
後で分かったが、院長先生だった。
初めはぶっきらぼうな雰囲気だったので少々緊張した。
奥歯の仮歯が割れたのことから始まり、気になっている親知らずのこと、その長年の変遷、そしてこれから海外に行かなくてはならないという状況も含め、彼は表情をあまり変えずじっと話を聞いていた。
今思うと真剣に現状把握をするために丁寧に聞いてくれていたのだろう。
そして彼はゆっくりと冷静な口調で「じゃあ先にレントゲンをまず撮らせて下さいね」と言った。
その後、撮影したレントゲン写真を見せながら、今の状況について彼の頭の中にある情報と長期的な目線での対処法について事細かにアウトプットしてくれた。
抜歯をした場合、その後インプラントや入れ歯にした場合のメリットとデメリット。
また私は親知らずはあまり悪さをしてるとは思えず、抜くべきなのかどうかという質問に対しても、まるで彼の頭の中にあるハードディスクの知識を全てアウトプットしてくれているようだった。
彼は私に自分個人の意見を押し付けるということは一切しなかった。
そんなインプットとアウトプットを繰り返すうちに気がつけば一時間半の時間を費やしてくれた。
そして何よりも感動したのは、患者と対等になって一緒に考えてくれてり、質問について私が判断すべきことはきちんと判断するように促してくれたこと。
私は彼のその姿勢に心から敬服した。

この丁寧な先生であれば信頼できると判断し、私は長年の親知らずとさよならした。
おかげさまで、今はとても気持ちよく日々を快適に過ごしている。
親知らずのスピリチュアル的な意味は、揺るぎない基礎を作るための精神的余裕がないと書いてあった。
そして死と再生という興味深いキーワードもあった。
今の自分の心に染みる言葉だ。

そして、静かに自分に質問してみた。

『この二つの世界は一体私に何を教えようとしてくれているの?』

生まれてから今までは薬という方法で痛みを「取り除く方法」を教えられた。
そうするうちに痛みは悪いもの、すぐに医者や薬に取り除いてもらうものだと思い込み、また、即効薬に依存していた。
なぜなら私は自分の身体と心に関心を持ちたくなかったから…。
ここ最近、私が激しく反応する「無関心」というキーワードとも繋がっていく。

そして身体だけではなかった。
日常的にこころも「常識」という麻酔をかけ、身体と同じような方法で切り離し続けていたこと。
心も身体もすっかり痛みに鈍感になった私が出来上がっていた。
そしてこの依存する習慣は、いつの間にか嫌なことがあればお酒飲んだり、タバコを吸ったり、友人や外出で買い物をするなどさまざまな形として現れていた。

きっと最近の怒りの連続は今までの私からの無関心の鬱憤を晴らそうとしていたんだな…。

痛みは本来、忌み嫌うものではなく、私の生命の維持のために働いてくれるセンサー。
死んでしまう前に、センサーで知らせ、修復するための時間を与えてくれている大切な役割だった。
そして恐れという感覚もまた、身体を使って嫌いなものや危険、有害なものであることを知らせてくれたり、「人生の軌道修正役」であるという光の側面を知らずに生きていた。
…切り離されていたパーツがまたやっと見つかった!!!

そして少しずつ蘇生しようとしている身体は私にこう訴えてる。

…こんなことをするためにわたしは生まれたのではない。
わたしはこの身体で感じたことを紙にぶつけて私を感じていたい!!
私は私の為に尽くし、私自身を幸せにし、人生の知恵を得るための大切なツールのためにこの身体が存在している!!限りある人生、魂に向かって早く生きて!!!

謝ることが多すぎる昔の私。
本当に今までごめんなさい…。
今日も今までの伝えたかったことがどんどん噴出して、なかなか手が止まらない。


そして、お医者さんと接し「天職」という言葉についても考え直した。

後者のお医者さんとの様子は「この仕事が好きです!」だとか「充実感があってわくわくするんです!」という私が想像していた暑苦しい様子は全くなかった。
すると私が想像していたような躍動的で情熱に溢れるという雰囲気は、急になんだか下手な一つのパフォーマンスのように思えてきた。
(よく考えるとお医者さんがそんな躍動的であると暑苦しいし、逆に疑わしくも思う)
この歯を治療するという日々、静かにひとりひとりの患者と淡々と向き合いながら、自分自身の学びに静かに熱中している、そんな神妙な雰囲気を感じ取った。
「好き」という単語では到底言い表せない何かもっと深く味わい深いもの…。

今までの「好き」や「わくわくする」という単語は、私の中でどこか一部の感情が欠けているような薄っぺらなものに感じていた。
彼の仕事を直接目の当たりにし、私の心がまた弾けた。

それは今までの「ニセモノわくわく」に捉われていた薄っぺらい過去の私がくっきりと見えたからだった。
中国で働いたトレーナーという仕事は確かに好きだった。
また、充実もしているとも思っていた。
でも何かが欠けているように感じていた。
それを感じたくなくて、いつの間にかどんどん会社という他人の要求を満たすことばかりに時間を費やし、相手中心に動いている自分に燃え尽きてしまっている感覚を充実という単語に置き換えていた。
またこんな未熟なマインドの私は、ある時はこれが天の仕事という言葉とはきちがえ、私はなんでも知っているというような傲慢な人間に変化させた。
天の仕事という言葉をまとい、自分の身体をずたずたにするまで働く自分。
そのうち、大連で一番のトレーナーになりたいという根っこの全くないモチベーションで仕事をしていた。
そう、あの最初の話したお医者さんのようになってしまっていたのだ。
それでも私は多すぎる人間の波に呑まれ、会社という組織の中に呑み込まれ、ブレーキを完全に壊してしまった車のようにゴールのない迷走を続けていた。

疲れていた。
本当に疲れていた。
でも一体何に疲れていたのかもさっぱり分かっていなかった。
私がやっている仕事の意味がさっぱり分からなくなっていた。

そして今、分かるのは、人からも自分からも「まぁまぁ面白い個性的な選択」という個人的な楽な方向の選択に過ぎなかったのだと。

そんな選択はそのうち、他の人の目から単に目立つ存在でいることの自己満足ばかりに気を取られたりと完全にブレてしまっていた。
外にばかり気を取られ、人の気持ちにばかり機嫌を取るうちに、自分のことは全く面倒を見ずにいた私。
しまいには教えるという情熱という命のかけらさえも自らの手で切り離そうとしてしまっていた。

今日、ふと以前の職場でもらった同僚たちの手紙を読み返していた。

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「情熱溢れる」
「立派なトレーナー」
「素晴らしいトレーナー」

ほんの少し前の私はこれで喜んでいただろう。
でも今の私のハートはハッキリNoと主張し、そしてこう言っている。
「ちがう。私は私でありたい続けたいだけなのだ」と。

また、日本に一時帰国してから見た天職という言葉の中身にがっかりしてた。
全く奥深い文章がなく、また、天職を語る人の口から出てくる内容も表面的で時にイライラした。
これもまた、もう人や本や外側に答えを求めるということをいい加減にやめなさいというメッセージだった。
自分が自分の感性で感じてあげればいい、と。
今もなお、外の人への承認にしがみつこうとしている昔の私がお別れを告げていないことを知っているかのように、本来の私がゆっくりと諭してくれている。

私が私であるためのレッスンを身体と心を使ってする。
それだけ。

色んな泥にまみれた苦しみや痛みや怒りや悲しみを黙々と掘り起こし、その根っこが見えた時に生み出される奥深いもの。
ただ淡々と私の身体と時間を使い、とにかく自分に真剣に静かに向き合っているような感覚。
今は埋もれてしまっている泥の中にあるであろう一筋の光。
今はまだ見えないけれど、私の奥底から発光されてる静かで温かく灯るその光の温もりが涙とともに静かに脈打つ。

今はこの僅かな脈動が私を突き動かし、この文章を書き、ハードディスクの中から最も適切な言葉を選び出し、アウトプットされている。

薬と常識は私の感覚を鈍らせ、その時間と成長を奪っていた。
学びと成長のチャンスを止めて、同じことをずっと繰り返し時間を浪費していたこと。
ごめんなさい。
もっと時間を大切に身体を大切にそして繊細な心であなたのことを捉えるようにします…。
ごめんね…。

怒りの私は少しだけ怒りの感情が収まったようで、疲れてぐっすりと眠ってしまったようだ。

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今日はもう一枚カードを引いた。
私のハートにエネルギーを満たす。
そのために食べ、寝て、動き、お風呂に入りメンテナンスしてあげる。
そしてエネルギーが充分に行き渡った時に、そのパワーで魂への新しい旅に出発することができる。

そう私が私であるための旅。

だから毎日、私に質問する。

これは私の口に必要な食べ物ですか。
これは私が口にするのに必要な言葉ですか。
これは私の耳に必要な情報ですか。
これは私の鼻に必要な匂いですか。
これは私が書くにふさわしい文章ですか。

そして答えの主導権を自分に引き戻していく。

それが自分の身体に対する信頼。
自分の心に対する信頼。
わたしがわたしへ注ぐ愛。

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新月の一見何も見えない姿も、満月のきらびやかな姿も、すべて月であるように。
全てはただ色んな変化を遂げながら存在し、交差しているだけなのだ。
その光景には「教える」「抑えつける」「コントロールする」こんな不自然な単語は存在しない。

ただ、あるだけ。
ただ、それだけ。

こんな風に私の日常で浄化が急速に進んでいる。
身体と心が脈動しながら力強くメンテナンスをしている。

私の身体とこころが方向性を揃え、協力者として手を組みしっかりとコネクトされた時、魂に向かってフル稼動するのだろう。

おやすみなさい、わたし。

※あまりにも素敵な歯医者さんなので、ホームページを掲載します。