書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

『アイウォンティティ』で生きる選択

『あなたにとってのアイデンティティとは?』
『あなたは国に対して自分の同一性を感じますか?』

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自分を受け入れる。
鏡の中の自分。
今日も何やらディープなテーマ…。

日本国籍を与えられ、日本で生まれて育ち海外に住んだことがない人はきっと意識することはないのかもしれないが、在日コリアンと呼ばれる人たちは『アイデンティティ』が人生のテーマのひとつだと思う。

在日というグレーゾーンの人間から見える青い芝生は、全員同じ民族で同じ言語を使い、同じような価値観で、同じ場所で住む環境はこの上なく居心地がよいものだろうなぁということ。 
(本音を言えば、私もそちら側でいたかった)

だからきっと少しでも違う存在にはとにかく敏感で、「怖い存在」として映りやすいのだろう。
この環境で、少数派である在日コリアンが生存していくには、自分をいかに相手と同じように見せるか。
そんな流れからか多数の『在日コリアン』たちは日本の学校へ通い、日本名・通称名を使いながら就職し、あたかも「同じ」であるかのように「溶け込み過ぎながら」人生を送っている。
中には、親が子供に韓国国籍であることを教えずに育ち、海外旅行のパスポートで韓国名を初めて見て、自分は韓国国籍だったのかと、私とは逆のパターンでショックを受けるというケースもあったり、大なり小なり心の傷を負った人も多いのではないだろうか。

私は幸い、小学校からは朝鮮学校に通わせてもらったことや、時代の流れも変わり始め、本名を通して生きることができている。

朝鮮学校を卒業し、日本の大学に通い始めた頃、圧倒的少数派の立場の環境に初めて身を置いた。
すると私は急に在日コリアンであることをより強く意識しはじめた。
周囲にも過剰なぐらいになんども自分の存在について説明していた。

しかし周囲の反応と言えば大抵こうだった。

『へぇ。そういう人もいるんだね』
『まぁ、過去は過去。今の時代は関係ないよね』

全くの知識・情報を持たない人たちのこんな一言は心が感じられなかった。
この感情は大学から日本で働いていた頃はぼんやりとやんわりと持続し、いつの間にかあまりにも知識がなくそして無関心な人が多すぎて、私自身までもが説明するのが億劫で鈍感になりつつあった。

この時期、在日という私の一部がもはや誰も教えもしなければ、伝えられていない存在と化している現実を知った。
本当に皮肉なことだが、後に訪れた韓国でも日本と同じように在日は消し去られている存在だった。

『確かに存在しているのに、いないかのような存在』
なんともやるせない。

『日本と朝鮮民族がブレンドされている私』
それが私がもっともしっくりくる表現だと思っている。
しかし、韓国も日本も単一民族である土壌は純粋さを追求するがゆえ、『曖昧なもの』に対する拒絶感が強いのだろう。

20代もこの問題でさんざん悩んだし、色んな絶望も諦めもした。
そして30代の今、一歩引いた風景から、改めてこのテーマにチャレンジしようと思う。

日本にいる少数派のこんな一人の存在を消さないためにも、私の祖父母が辿った人生と、両親の経験を分かち合いたい。

私のハラボジ・ハルモニ(祖父・祖母)は今の韓国・全羅南道という地域から日本に渡ってきた。
日本であれば生活が楽になるのではないかという理由だったそうだ。
祖父は韓国で両班(ヤンバン・昔の身分制度で位が高い人のこと)だったそうで、父が小学校の頃に既に日本で亡くなった。
父が記憶する祖父と言えば、いい服を着てお酒を飲み歩き、いきなり豚一頭買ってきたりと、仕事もせずブラブラしていた人、だそうだ。
祖母はそんな中、豚を飼ったり、お金を貸したりしながら商売を広げ、後にパチンコ屋を経営した。
当時、石川県で一番大きいパチンコ屋だったと聞いた。
他にも父のお兄さんはそろばん塾を経営していたそうだ。

パチンコ屋経営が拡大するという外へのプラスのベクトルと、家族のいがみ合いという内なるマイナスの力がバランスの綱引きをしていたようだ。

父の兄弟とその嫁など、血縁と呼ばれるひとたちが目当てにしていたのは「お金」。
ハルモニの周辺の家族は、中身を覗けばお金が目的の骨肉の争いだったようだ。

また、これは後に私が大学の頃、父の口から初めて聞いた話だ。

パチンコ経営やお金のことでいがみ合い、争う家族に対しハルモニは最終的に『おまえらのことは絶対幸せにしない』と言い残し、お金を腹巻の中に入れ、入水自殺の最期を選んだそうだ。
きっと激しい絶望と悲しみ怒りの結果だったのだろう。

祖母が亡くなったあとも、相変わらずお金の争いは絶えず、兄弟親戚に絶望した末っ子の父。
父は財産相続一切を放棄し、何もないまま一人東京へ飛び出した。
そのため、私が小さい頃の親戚付き合いはほとんどなく、会ってもいつもお酒を飲んでは大喧嘩が始まった。
きっとこの過去への恨みつらみが喧嘩の発端だったのかなと思う。

また、私の親戚はほとんど通称名で、朝鮮人であることを自ら否定的に捉えていた。
そのため朝鮮学校に通い本名を通している私たちを煙たがってもいた。
今思うと彼らは自分の一部を強く否定することを選び、私たちを見るとそれが影の自分として映り、嫌な気持ちになったのかもしれない。

こんな環境だった。

三代目の私にとってこれらの過去は、親と一緒に非難や恨み感傷に浸ることは違うと思っている。
また過去の彼らの生き方を模倣するためでも、感情に飲み込まれることでもない。

過去に自分の身を投げ打って経験した壮絶なハルモニの人生。
そこから得られる教訓が何かを探り、私の時代に合った聡明な生き方を選んでいくこと。
それが今できる私なりの供養だと思っている。

私が学んだことは「血縁」というものも単なる記号でありまとまりでしかなく、それ以上もそれ以下でもないということだ。
「家族」「血縁」という表面上の言葉に必要以上の感情と意味を加え、内面の感情コミュニケーションをおろそかにした結果、相互に依存しやすい体質を生み出したのだろう。

私が見た親戚関係のように、血縁という表面だけで、普段まともに付き合いもなく、内側の価値観に落差がある人とは、どうしたって繋がりようがない。
大切なのは自分が誠実であり、深い心の部分で共感し、つながり、信頼する人間的繋がりがあるかどうか。
そんなことを学ばせてもらった。

そして、今やっと気づいたこと。

私の歩んだ日本から韓国、そして中国を渡り歩き教えることを生業とし生きてこれたこと、オーストラリアにいる今の人生を振り返ると、まぎれもなく祖先と親のDNAが私の中に、脈々と受け継がれている。

ハラボジ・ハルモニの国を超えて生きた『たくましい行動力と勇気』
ハラボジの『自由な生き方』

聡明で商売人だったハルモニ

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親戚に存在していた『教える才能』
父の『自分でたくましく生きる力』
母の『4人の子供をなんなく育てあげ、美しく、ユーモアもあり、繊細な心』

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そしてお酒が強いということも 笑

祖先と親が残してくれた、自立して生きる私のために用意してくれたサプライズだった。

今、この時代を生きる私に必要なのは、個の私が心から欲する『アイウォンティティ』

外から与えられた宿命からは自分を一旦解放させ、私という個の『I want』で
人・環境・教育・パートナー・人間関係・仕事を選び取り、生きていく。
私の幸せには私が責任を取るという『アイウォンティティ』で生きる選択。

過去に祖先が託してくれた才能と知恵に目覚め活かす+わたしという個が望む『I want』をブレンドする。
カードの「鏡の中の私」の後ろに見えてきたものだ。

ひとりひとりが違うブレンドの才能とお気に入りを分かち合い、喜び合い、受け入れ合う世界。
オリジナリティ溢れる人々が住むこの世界は間違いなくAll Happy Worldだ。


私に与えられた宿命のなぞなぞがまたひとつ解けた。
日本でもなく、韓国でもなく、朝鮮を与えた宿命のなぞなぞ。

『国という垣根を取っ払い、新しい概念を創る』

そんなミッション。
はい、しかと受け取りました。

할아버지 할머니 감사합니다
아버지 엄마 감사합니다