書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

本の知恵と心の共有〜Share Your Wisdom〜

今日のカードを見ると😇さんから『とにかく書くことたくさんあるんだから、早くシェアしなさい!』と急かされてるようだ。
(重い腰をやっとあげた私を見透かしているのか… )

カードに本の絵柄が出ていたので、大切な友人のような一冊を。

数年前、中国の古本屋さんで偶然見つけた本。
これが作者・本田健さんとの出会いでした。

折り目でいっぱい☺️
私は電子版よりも紙で読むのを好む方で、マーカーはもちろん、本の中の様々な質問に自分なりの答えを書きなぐりながらオリジナル本にするのが大好きです。

当時の値段が40元(約690円)。
定価より価値があると中国では思っているということ😃
ということは中国でも健さんの考えを欲してる人がごまんといるということだ。
すごい可能性!!

健さんがもしこれから中国進出することがあれば、私は真っ先に手を挙げて助っ人になりたいっっっ💖💖💖

なぜならこの本は私の中心に存在している心を救ってくれた希望の光。
この本の中で心響いたこと、そしてマイストーリーの一部を綴ります。


この本の中に出てくるユダヤ人・ゲラーさんのキャラクターがとても好き。
本を読みながらドキッとする本質的質問を私自身に投げかけてくれているような感覚だった。
好奇心旺盛で興味深く、そして親しみを込めたたくさんの質問。
たったひとりの青年のために時間を割き、惜しみなく彼自身の知識を共有してくれたこと、時に厳しくも愛のある強い問いかけや彼の想い。
押し付けのない言葉。
これらの愛ある質問と行動は私の世界が広がった。

人生についてのこんなに素晴らしい質問を投げかけてくれる大人は、私の周りにはいなかった。
30代半ばでやっと出会えた!!
本の中で私は本当にゲリーさんに会えた気分だった。
私はこんな存在をずっとずっとずっと心の奥深くで探し求め、待ち望んでいたんだなぁと、喜びの感覚。
心の一部が繋がったような嬉しさ。
この本にはそんな大切な感情を抱いた。


そして、もし私がこのゲラーさんに最も会いたいと思うのは、いつの頃の私なのだろうか?
そう問いかけてみた。
出てきた答えは幼稚園の頃。

私は日本の幼稚園に通わされた。
その時、両親の選択で、もともとの韓国語の『きむよんひ』という名前から『きんまさき』という日本名に変えさせられた。
幼いながらも私は、正体不明な『まさき』という響きに大きなショックを受ける。
大人になった今となれば、取るに足らないことかもしれないけど、あの時の私は突然自分の一部を奪われた、そして『私はそのままでいてはならない』『偽らなければならない』そんなメッセージとして受け取ってしまっていた。

また、今まで家では『オンマ(韓国語でお母さんという意味)』という言葉を家で使っていたのに、周りは『お母さん』と呼んでいる…。
オンマ=私の母親・お母さん=別の子の母親だとなんとなく感じ、私は、外で母親を「オンマ」とどうしても呼ぶことができず、静かに母のスカートの裾を引っ張って呼ぶような自信のない子供だった。

幼稚園に通う毎日は本当に苦痛だった。
名札を見るたびに自己否定の暗示にかかり、底なし沼にはまったまま、心を凍らせて生きていたと思う。

今でも幼稚園の自分の写真を見たり、名前を聞くと、胸がギュッとなるような喉がつかえるような緊張感がある。

(今、この文章を書きながらも、悲しみの感情が溢れてきて涙が止まらない…うー…)

こんな幼くて無力な頃、ゲラーさんのような暖かい眼差しがあったとしたら…。
きっと自信を持ってすくすく育っていたなぁと思う。

『なんで名前を変えるの?』
この問いかけを親にすることはある意味とても怖かった。
なぜなら名前を変えたのは親自身も隠し、自己否定していたはずだから。
だから心を凍らせ、そっとこの質問は封印してきた。
この凍った心を溶かすには一生時間がかかると思っている。
この辛い感情がまた突然吹き出てくることもあって、いちいち本当に疲れるし、面倒だなぁとも感じる。
でも自分までもが自分を見捨てたくない。

なので、私なりの方法で、幼稚園の頃の写真を使い、イメージの中で幼い頃の私と大好きなゲラーさんを引き合わせ、緊張した私に『大丈夫だよ。よく頑張ったね。』と毎日頭を撫でてもらうことにしてみる。


そしてこの写真の中の自分が心から安心するまで見守ろうと思う。

こんな理由からなのか、私は今も無意識に人を本気で信じることができない癖を持っている。
いや、本当は自分で自分のことを信じきれていない、繋がれていないんだと思う。
信じたいのに、信じられない。
心に相反する2つの気持ちを留めておく程、辛く悲しいことはない。

私はずっと本心と行動をバラバラにしながら生きるものだと思い込んでいた。
そう、つい最近まで働いてたときもそう。
内側を守るために外側を切り離すことをしてきた。

でもこんなキャラ作りも、作り笑いも、心ない言葉も、もうダルい。
そんな時間があるならばバラバラになった内側の自分と外側をきちんと繋げよう。
そんな想いで書いている。

だから今までの私は人よりも本という物質が本当の心の友だと思ってきた。

本は私が欲しい時に必要なものを与えてくれ、手を差し伸べてくれ、押し付けることもなく、私がどうするか自由で選ばせてくれるような自由な感じがするから。
人と違うことは悪いことではないと信じているから。

生きているうちに自分ともう一度しっかりコネクトできる日が訪れたとしたら。
もしそれができたら、その時は本じゃなくその先の人と繋がれたらいいなぁ。
そんなことをぼんやり考えている…。

そんなわけで、私は自分の名前김용희・金容希がとても愛おしい。
よんひという韓国語の響きも、希望という単語も大好きだ。
一度奪われ、取り返すことができた経験もあってか、より大切に感じる。
そう、私の大切な一部。
だから心から大切にします。

今まで生きてきてくれてありがとう。
今、ふとそんな気持ちが降ってきた。