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書く癒し

幼い頃に置き去りにしたままの「小さな私」を癒し、自らを育て直すための自己観察記録

成長の悦び

生命の成長過程。

ひとつひとつの生命は、日々、私が想像もできないほどの無数の過程を経ながら、時間を過ごしている。
時間と共にその過程がゆっくりと溶け合い、交ざりあい、それがひとつの形として私の目の前に現れるようだ。
その姿かたちの裏では、過ごした時間分のエネルギーがぎゅっと詰まっているように感じる。

この育てた花は、見るからに、悦びのエネルギーが凝縮している。

そんなこの花をじっと見つめていると、なんだかとても幸せな気分になってくる。

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内なる泉

心の内側にある深い泉。

それは、深い静寂に包まれれば包まれるほど、くっきりとその輪郭を現わす。

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輝き

花を観察しながら思うこと。

光・水・風・空気・土…。

一見、目には見えづらい環境と時間によって、花の輝きは育まれているようだ。

さて、今の私に適した環境とは、なんなのだろう…?
どうやらこの答えは、ゆっくりとやってきそうだ。

それまでは、静かに見守っていようと思う。

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心のネジ。

心のネジ。

私は、物心ついた頃から、無意識にこの心のネジを開け閉めすることを学んできたようだ。
そうやって、どうにかしてバランスを保ってきたのではないだろうかという思いが突然やってきた。

生まれたばかりの赤ちゃんの頃…。
それこそ記憶には全くないのだが、この世に出てきたというだけで心細さで潰されそうな、かよわさを持っている赤ちゃん。
だからこそ、かわいさを備え、泣くという方法を取り、大人からの保護を得ようとする。
そうやって生まれた頃から「生きようとする本能」がきちんとインプットされているのだと想像する…。

そして生まれた家庭という土壌の中で、色んなことを見て、聞いて、触って、体験を通して、知らず知らずのうちに、生きようとする本能に基づいて、ネジの開け閉めで完璧なバランスを保っていた。

本来、家庭では幼い頃に心のネジがしっかりと緩んでいる状態を親から与えられるものだろう。
そして、成長とともに少しずつ社会という外での体験から、ネジを締めるということを覚えていくものだろう。

しかし、私が育った「機能不全家庭」という環境に限っては例外だ。
私が指す機能不全家庭とは、家庭内で身体的、精神的暴力が常習化されていること。
他にも、食べること、寝ることなど…人間の基本的な欲求を満たすことができないなど、安全が脅かされる土壌のことだ。

私はこのサバイバルな環境でも「生きる」ということだけを考え、ネジをきつくきつく締めることに必死だった。

私が持っている記憶を辿れば、最悪の悪夢は幼稚園の頃から始まっていた。
あの頃の経済状況はなかなかよかったようで、私は私立の幼稚園に通った。
私立の制服を着て、見た目にはいいところのお嬢さんのような感じ。
それに母親は満足感を得ていたのかもしれない。

一方、日本の幼稚園に通わされた私はと言えば、突然、名前を日本名に変えられたことをきっかけに、ギュッと心のネジを毎日毎日強く締めるようになった。
そして、幼稚園に通った数年間、無意識に心の中で毎日こう呪文を唱えていた。

「他の人に、私の本名が…本当のことがバレてはいけない」

バレれば、私はもう生きていけない。
幼いなりに言いようもない恐怖を感じていた。
しかし、あの時にこのように言語化する能力は皆無で、その想いに寄り添うことはできるはずはなかった。

私にできること。
それは、心のネジをきつくきつく締め続けることだけだった。
私はあの頃からすっかり自分の殻に閉じこもり、自己表現のできない人間が創られていった。
なぜなら、内でも外でも、心のネジをきつく締めっぱなしで、緩める場所などどこにもなく暮らし続けていたからだった。

私の人生に「心を緩める」という概念など存在していなかった。
むしろあの頃は、緩めることはより私自身を不安にさせていたのかもしれないと思うのだ。


あの頃の私は、確かに無力だった。
あの頃の私には、なんの選択権もなかった。
あの時の選択は全て親という外の存在に委ねられていた。

今までであれば「幼かったので仕方ない」「まぁ、それも全部過去のこと。過ぎ去ったこと」と言って片付けていただろう。

でも、今はそうじゃない。
今は…その切り捨ててしまったものをもう一度拾い上げ、その奥にあるものをじっとじっと、静かに眺めていた。





それはとても長い沈黙と静けさだった。







すると、こんな感情がとめどもなく溢れてきた。









その頃の、いじめられても何も言い返せない悔しさ。
その頃の、自分の幼すぎる無力さと虚しさ。
その頃の、自分の無力さに対する不甲斐なさ。
その頃の、人はいるのにひとりぼっちの深い寂しさ。
その頃の、言葉にすることができないもどかしさ。
その頃の、誰もこの気持ちを理解しようとも、寄り添ってもらえぬ深い孤独。
その頃の、親の無関心や、誰も寄り添ってくれない深い悲しみと恨み。

そんなつもりにつもった気持ちすら、全部、全部、なかったことにするしか方法がなかった深い、深い悲しみ…。



とても静かな沈黙の中、思いもよらぬ感情ともう一度繋がり直し、それが、言葉という形となり、次々とエネルギーとして溢れ出す。
そして、こうして改めて言葉にしてみると、あの頃の私は、本当は色んなことを深く深く感じることのできる感情豊かな子だったと知った。


そして、今こうしてこの感情に深く触れることができたからこそ、見えてくるものがある。

これも全ては「生き残るため」だったこと…。
私は、生きるために必死だったんだ…と。
私は、この感情にフタをしながら、無表情を装いながら、誰よりも一生懸命に生きていたのだと言うことが。

今ならば、もっと私と深く繋がっていることが実感する。

この流れている涙が何よりもの証拠だ。


そんな色んな想いは今の今まで、ずっと忘れ去ったように思っていたが、それはずっとずっと今なお、きつく締めたネジの奥に留まり続けていたんだと知った。

今思い返すと、「忘れた」というのは、実際のところは一時的なごまかしであって、実のところは、心のネジをきつく締め、きつくした分だけ、心の奥の奥の方にしっかりと刻み込んでいたのだ。

ネジを緩める術を知らずきつく締め続けていた私が自分に与えるようになったこと。
それは、とても冷たく、厳しく、無表情、無関心だった。

そんな人間に徹しているうちに、果たして自分が何が好きなのか、どんなことを好んでいるのか。
そんなことすら何も感じることもできなくなった、無感覚な人間となっていったのだった。

そうやって、自分が果たしてどんな人間だったのかすらまるで分からない、記憶喪失の人間が出来上がった。

こんないびつな形をまとった私という花の根っこは、深い深い冷たさと厳しさの中で長い間、育まれていた結果だったのだ。

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秋からのお知らせ

風に乗って、秋からのお知らせがやってきた。

どおりで空気も冷たくなったわけだ。

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残っていた、念。

『残念』
漢字を分解してみると「残」っている「念」。

私の心の空模様は今、とんでもない嵐…。

先週末から、また、こうして残っていた念が一気に込み上げてきた。

始まりはささいなことからだった。

一昨日の夜中から旦那の咳がうるさくて眠れず、他の部屋に移動して寝ていると、旦那が寒いからこっちで寝ろと起こしに来て、また目が覚めて、イライラ。
次は被ってた布団を取られて、イライラが頂点に。
腹を立てながら、また、他の部屋に移動した。

そんな不眠から始まり、数珠繋ぎのようにイライラが増大していた。

そして、何気なく発言した旦那の言葉に対して、私は今まで積もりに積もった怒りを一気に爆発させた。

「明日、母の日だから、電話しよう(私の方の母へ)」

こう見ると、一見、気の利いた言葉だ。

しかし私は、その旦那の発した言葉をもはや聞いてはいなかった。
その言葉の奥のエネルギーが、私の閉じ込めていたエネルギーの逆鱗に触れ、怒りが抑えられなくなり、気がつけば、彼を強くなじった。

なぜだろう…?
この言葉の奥を、じーっとゆっくりと探っているがなかなかうまく表現ができず、この数日間、この感情に振り回されてとても苦しい…。

ぼんやりと、オーストラリアに行く前の一年以上も前に遡り、ひとつひとつの場面と感情を味わっている。

以前にも、愚痴っぽいことを何度か書いたことがあるのだが、オーストラリアに来たきっかけは彼の仕事の都合だった。
いつか行くのだろうと思っていた予定が突然早まり、私は全く心の準備ができなかった。
しかし、私は泣く泣く中国での仕事を捨て、残念な気持ちを背負っていた。

そして、離れたのは国だけではないことを、オーストラリアに着いてから改めて痛感することになった。

仕事…ビザがまだ下りてない状況で仕事はできない。
そもそも私の中では中国で仕事をしたいということはあっても、オーストラリアで望む仕事などなく、オーストラリアの環境で仕事を探す気持ちなど毛頭なかった。

人間関係…ここには、情の湧く友人など誰ひとりいない。
旦那の家族はそもそも義理の家族というだけであって、それ以上でも以下でもない。
そもそもなんの興味もコミュニティもない環境に放り込まれて興味を持てなんて無理だ。

食生活…アジア圏ではないので、外食はほぼ口に合わない。自宅でほぼ自炊するしかない。

言語…英語で話したい相手もいないので、興味なし…。

移動手段…私は車の運転ができないので、ほぼ徒歩圏内でしか移動ができない。
交通網も発展していなく、中国と違って気軽にタクシーを拾うこともできない。

とにかく、もともとオーストラリアという国にはなんの感情も抱いていなかった。
いや、その感情を抱く時間さえも私には許されることなくこちらに来てしまったとでも言おうか…。
あの時、私にあった感情と言えば、旦那という存在ただひとつだけだった。

しかし、そんな受け身で放り投げられた私にストレスがかかっていることを、パートナーである彼が理解してくれているようにあまり思えなかった。
彼は決まって「そのうち慣れるよ」という一言だけで、関心を示す様子も感じない。
彼は仕事も、人間関係も、コミュニティも、親族もなんでもある。
そんななんでもある人に、何も持ってない私の気持ちは分かるはずもなかった。
私は、本当はずっと、たった一人を頼りにしたこの彼のそっけない態度に対して、寂しさと心細さ、恨めしさを少しづつ募らせながら、それを必死で抑えていたことも、今ならば分かる。

そんなストレスフルな状況から、オーストラリアに着いて数ヶ月後に私は妊娠、そして流産を経験した。

数年前の過去に一度、やはり彼との子供を流産したことがあったので、妊娠が分かった時は本当に嬉しかった。

心拍もきちんと確認できたので、きっと大丈夫だろうと安心していた矢先の流産だった。
流産が分かった時は、私は一体今、何が起こっているのだろう…とまるで夢を見ているような感覚で、あの時のことはあまり覚えていない。

でも私は…今やっと分かった気がする。
本当にショックやストレスが大きかった時というのは、その場でショックを認識することがとてもじゃないけれどできない。

そのショックが今、私に再び襲いかかっているように思うのだ。

あの時…私はショックを感じることを許される隙間もなく、手術は進められた。
さらに追い討ちをかけるように、日本とオーストラリアの医療機関の対応の違いにまたショックを受けることになった。

オーストラリアでは日本やアジア圏とは違い、専門医に直接行くことはできず、まずは一般医にかかる。
そして、一般医の診断書を下に、紹介された医療機関へ行くことになる。
流産の場合は、紹介された医療機関の急患扱いで順番待ちをするしかなかった。
しかし急患にも優先順位がある。
皮肉なことに、初期流産の場合は、私本人の命の危険はないことは明らかなので、優先順位は低く設定されていた。
私は数日、いつ呼ばれるか分からない状況で、朝から晩までずっと待たされっぱなしの状態を強いられた。
それに加え、言語でもうまく意思疎通が図れないもどかしさ…。

あの時は、あまりにも…本当にあまりにも色んな出来事がいっぺんに起こり、ひとつひとつに対して、何が起きているのか、何を感じていることすら処理する能力も、心も全くついていけず、またそんな空間や時間はまるで見つからなかった。

旦那以外には誰も心の拠り所になる人がいない心細さの中、待機中の私の心はグシャッと何度も何度も握りつぶされた。

今やっときちんと振り返られる。
きっと、あまりのショックで立ち直れないと心と体が判断し、あの時、私を生命を守るために、忘れるという方法が取られたように思う。
しかし、忘却の奥に、この深い深い寂しさの念がしっかりと残っていた。
私はずっと、この深い深いどん底の悲しみの中に閉じ込められ、いつしかこの悲しみに縛られるようになっていた。

「あぁ、私にはこの子供も、本当に何もかも全部失ってしまったんだな…」

やっと手術が終わったあの時、ただ、ぼんやりとそんなことを考えていたかもしれない…。

喪失感と絶望感、そして、深い悲しみ…。

私はもう一度フタを開け、これらともう一度向き合おうとしている。

私はこの喪失感と絶望感と恐怖にじっと深く横たわってみた…。
そして、自分に尋ねた。

ー何が言いたい?

「弱い私でごめんね…あなたを守れなくて本当にごめんなさい…」
「子宮さん、ずっとずっと本当にずっとあなたに冷たくしたり、そして何度も痛くてつらい思いを強いてしまってごめんね…」
「もう二度と、こんな惨めで苦しい思いをしたくない。もうたくさん!」

子供や自分の体に対する言葉にならない申し訳なさ。
自分への不甲斐なさや苛立ち。
そして、それらを認めたくない抵抗…。




しばらく、私は泣き崩れ、何日も泣いた。
泣いても泣いてもまだ悲しみが襲ってきた。





それでも、この感情にしばらく浸かっていると、思いがけない言葉が私の心から飛び出してくる。



「でもね…私は本当にたくさんのことを受け止めようと、精一杯頑張ったんだよね…」
「慣れない土地で、ベストを尽くして、本当に我慢強く乗り越えたよね…」
「本当は私は…心からあなたのことを深く愛しているよ」
「とても愛してる人との子供は、あまりにも愛しているから…あまりにも愛しすぎて、支配したくなったり、あなたを傷つけたらどうしようって恐怖に襲われるの…だから、あなたを遠ざけたくなることがあるの」

ー本心は?
「本当はすごくすごくあなたに会いたくて仕方ないよ…」

ー他に言いたいことはある?
「今は遠慮せずに思い切り泣いていいよ。
今はしっかりとこの気持ちと一緒にいていいんだよ。
今は何を感じても、何を思っても大丈夫だよ。
たくさんたくさん気持ちを感じてあげて。
思う存分、色んな感情を認めてあげて。
私は、残さず、全部、全部受け止めてあげるよ…」

置き去りにしてしまったこの苦しさたち…。

あぁ、私は一年前のあの時は、この残っていた念を受け止め切れなかったんだ…。

今、時間を経て、一年前の私からのバトンが渡されたように思う。

そして今、私の望みが浮き彫りになる。

私は、私にもっと不安、悲しみ、怒りの感情に寄り添ってもらいたがっていた。

私は、私にもう強がらず、いつでも寄りかかってもいいし、弱みを見せてもいいんだよと許可したがっていた。

私は、私自身の体と心にもっと私に関心を持ってもらいたがっていた。

私は、私の空間と時間を守りたがっていた。

私は、私にもっと心と体を気遣ってもらい、もっともっと話を聞いてもらいたがっていた。

私は、私をもっと…悔しさ、悲しさ、喪失感、恥、不甲斐なさ、惨めさ、寂しさ…こんな感情を受け入れてもらいたがっていた。

それは、真っ暗な暗闇の中で、やっとほんの少し…まだ本当にとても頼りなく、ほんの少しだけ感じる、わずかな光…。

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パース散策(動物編)

今日は、気分を少し変えて、パース生活の一部を紹介してみます。

シドニーやメルボルンのような派手な建造物はないのですが、自然そのままの美しさが私はパースならではの素晴らしさだと思います。

よくブログで写真に載せているのは、私の散歩道の定番、市内を挟んで流れるスワンリバーです(芝生がきちんと手入れされていて気持ちいい!)。

市内まで、船で行き来することもできます。
10分ぐらいですぐ着くので、船で出勤してる人も多いです。

スワンリバーと言えば、このブラックスワン。
西オーストラリアのシンボルにもなっています。

こんなに至近距離まで来てくれて、とてもフレンドリー。

運が良ければ、ブラックスワンの赤ちゃんも見れます。

他にも、パースは動物園に行かずとも、たくさんの野生動物に出会えます。

生まれて初めて見たフクロウ。

カルガモの集団。

木の実が食べられる場所を食堂にし、時間になるとすごい勢いで食べてます。

野鳥の子育て。

オウムは、集団でいつも草を食いちぎって、芝生を枯らしてしまう…。

でっかいペリカンは、街路灯がお気に入りです。

スワンリバー番外編。
期間限定で空中レストランを企画してました。
(クレーン車で吊り上げるダイナミックさ……)

さて、オーストラリアと言えばカンガルー。
ここは野生のカンガルーが見れる、通称カンガルー島です(無料)。

テクテク歩くと、遭遇しました。

都市とカンガルー。

ピョンピョンと結構な速さでこちらに向かってきたので、怖くて慌てて逃げました 笑

島はとても小さいので、30分もあればグルリと一回りできます。
サイクリングで散策する人もいます。

パースは他の都市よりも人口が少ないので、のんびり、ゆっくりと散策できます。

芝生もとても綺麗に管理していて、裸足で歩いてみたり、芝生で寝っ転がって日光浴するのもオススメです。

私にとってオーストラリアは良くも悪くもなんの感情も印象もない国でした。
また、都会生活に慣れきってた私にとって、当初は人も少なすぎるし、なんだか静かで寂しすぎるなぁと思っていました。

でも、時間が経った今は、私のこころにも余裕ができ、パースの自然と都市がうまく調和している雰囲気が少しずつ好きになってきたようです。

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